モハメイドペーパーの      何が出てくるか2

かなり「鉄」分が多めの内容になっています。             2019年11月以前のバックナンバーはこちら。             http://jorctk.cocolog-nifty.com/                    カウンターはココログからの通算です。

都電

57年前のカラーフィルム

 前回の続きなんで「その2」でもいいのですが、年が変わって1966(昭和41)年7月頃の撮影なので別タイトルとしました。同じフィルムなのに今回の方が粒状性が高いように感じます。

P5010464
地下鉄丸ノ内線の四ッ谷、前回とは反対側から撮影しています。右側2両目のあたりにうっすらと東京タワーが見えています。

P5010465
市ヶ谷から四ッ谷に向かう本塩町のあたり。10系統の渋谷行きです。7500形はクリーム色ではなくかなり濃いめの黄色ですが、これは少し露出オーバーで飛び気味です。

P5010466
市ヶ谷の定番アングル。101系は10連の快速で、この年の4月から休日も快速が運転されるようになっています。ということは前回の緩行線を走るオレンジの101系は休日だったのか。
*前回撮影の1965年11月7日は日曜でした。

P5010467
これも定番、鶯谷のホーム撮りです。401系初期車で行き先は草野。

P5010468
EF57重連の推進回送。客車に号車札がついているから、臨時の急行「ばんだい××号」だろうか。

P5010469
455系の急行「まつしま」。まだ普通車は非冷房です。

P5010470
有楽町で京浜東北線。103系は10連になっています。

P5010471
横須賀線の113系。グロベン付きの初期車だけど、正しいスカ色の塗り分けになっています。

P5010472
東急目蒲線の3500系。まだ張上げ屋根などの魔改造が行われず、原型の面影を留めています。多摩川園前のホーム撮りです。

P5010473
多摩川園前、5000系の急行で先頭は5032。この頃は東側2線が目蒲線、西側2線が東横線でした。

P5010474
田町で157系の急行「伊豆」。特急並みの車内設備なので「デラックス伊豆」と呼んで153系と区別していました。前7両が伊豆急下田行き、後6両が修善寺行きです。

P5010475
0系。まだ「ひかり」「こだま」とも12連です。

P5010476
東武鉄道の竹ノ塚。6000系の快速は東武日光行きと鬼怒川温泉行きが併結されています。

P5010477
反対側からで54系の準急。先頭はクハユかクハニです。

P5010478
1700系の特急「おじか」。特急のヘッドマークは阪神電鉄みたいです。

P5010479
1720系の特急「きぬ」。

P5010480
ヘッドマークの文字は読めないけど、急行だから「りょうもう」か。前4両が5310系、後ろ2両が5700系で、転換クロスの5700系はいいとして、ボックスシートの5310系でも急行料金が必要なんだから、東武もかなり強気な商売しています。

P5010481
日暮里で京成電鉄200系。車体更新で500系、600系も見た目は同じになっています。3M1Tが基準で、中間のM車はパンタを降ろしていてもサハ扱いではない。

P5010482
また鶯谷で、特急「はつかり」。

P5010483
EF80だから常磐線の列車の推進回送。客車は1両目がナハネフ11、以下はオハネ17のようです。撮った時は考えていなかったけど、まだ明るい時間にオール寝台の列車なんてあったのか。「十和田」の系統ではなさそうだから、団体臨かも知れません。

P5010484
これは京急久里浜工場の入口付近。7月7日に津久井浜~三浦海岸間が開業し、夏ダイヤで品川~三浦海岸間の海水浴特急を大増発。昼前後の海特が運転されない時間帯は、一部の車両が久里浜工場の留置線に収容されました。開業間もなくに鉄道友の会による新線試乗と工場見学会が行われ、このシーンはモノクロでも撮っています。

P5010485
230形4連の普通は堀ノ内~久里浜間の運転。

P5010486
三浦海岸駅。ホームの屋根を見ると、将来は副本線の追加を想定していたように思えます。

P5010487
特急が到着。休日のピーク時は下り線を降車、上り線を乗車専用として、到着した列車は一旦写真の位置まで引き上げ、上り線に渡っていました。

58年前のカラーフィルム

 旧居の片付けで捨てるつもりの紙屑の中から、1965年と1966年に撮影したネガカラーフィルムが発掘されました。幸いビネガーシンドロームにもなっていないのでスキャンしたところ、粒状性は新聞のカラー印刷並みですが、色はそこそこに再現されています。いかにも色見本的な撮り方なので、取捨選択せず、すべてをご覧ください。

P5062537
ネガカバーです。まだネガカラーが出始めた頃なので、現像は製造元の小西六写真工業に送っていたようです。小西六のフィルムは「さくら」がブランド名で、後に社名ともども「コニカ」に変更されています。

P5052535
20枚撮り2本で1本は1965(昭和40)年11~12月、もう1本は1966年7月に撮影しています。この時期、フジのネガカラーはオレンジベースになっていましたが、さくらカラーはクリアベースです。4枚増えて値段は同じの24枚撮りはまだ発売されていません。

P5010490
最初は東武鉄道伊勢崎線の松原団地(現在の獨協大学前)付近。2000系ですね。周囲はもろに田舎そのものです。画像処理ソフトの自動カラー調整による一発補正なので、色かぶりは完全に抜けていません。下手にいじるとドロ沼に嵌まるだけなので、これ以上手を加えるのは止めておきます。

P5010491
快速の6000系。

P5010492
看板列車の1720系(DRC)。午後の下りだから「きぬ」でしょう。

P5010493
32系の準急。

P5010495
営団地下鉄3000系。11月5日だけど窓が一部開いているから、暖かい日だったのか。

P5010494
水鏡を狙ったわけではなさそう。このあたりは高架複々線になり、マンションが林立しています。

P5010496
地下鉄丸ノ内線の四ッ谷。定番のアングルです。

P5010497
京王線の初台~幡ヶ谷間。よく見ると5070系の2本併結です。

P5010498
2000系+2700系の5連。快速だから京王多摩川からですね。

P5010499
後方に見えている歩道橋から。井の頭線から転用した1710系1711~1714の4連です。甲州街道は拡幅工事が進行しています。

P5010501
横浜市電1500形。系統板は「7」のようだけど、場所は不明。

P5010502
原宿~渋谷間の山手線。101系は6M2Tの8連。今ならちょっとまずい位置からカメラを構えています。当時はぎりぎりセーフでした。

P5010503
緑の103系。方向幕は「山手線」ではなく「山手」。根岸線開業により同線の山手に行こうとした人がこれを見て乗り間違えたとか。

P5010504
小田急電鉄大根~大秦野間。トンネルを出で金目川を渡った先のあたりでしょう。

P5010505
中央線市ヶ谷~四ッ谷間。まだ日中の快速運転は行われていない。架線柱はほとんどが木柱です。

*追加 この頃の、日中の快速運転は平日のみで、この日(11月7日)は日曜だったから日中の快速運転は行われていない。

P5010506
都電8000形。九段坂の途中で青山の10系統須田町行きです。右の車はブルーバード?

P5010507
大井町、京浜東北線の103系は6M2Tの暫定編成です。

P5010508
横須賀線北鎌倉付近。混色編成はカラーの試し撮りにもってこいです。基本7連でサロは4両目に1両だけ。スカ色はまだ湘南色と同じ塗り分け位置で、クリーム色の部分が多い。

P5010509
境川を渡る江ノ電304編成。左の家の奥が鵠沼駅で、鉄橋は単線。

1963(昭和38)年の記録

 1963(昭和38)年の7・8・11月に撮影した画像で、セミ判フィルム2本分。極端なピンボケは除いています。1箇所でまとめて撮ることはしていないので、1コマ毎に写っているものはバラバラです。

P5074224
初っ端からOER3001氏の縄張りです。小田急電鉄の代々木上原~東北沢間、井の頭通りの踏切の脇からでしょう。バックは回教の礼拝所で、当然これを狙って撮っています。今はこのあたりもマンションが建並び、この建物も目立たなくなりましたが現存しています。

P5074225
踏切際の公園越しに1700形、江ノ島からの快速急行のようです。手前の道が井の頭通り、どういう意図でこんな撮り方をしたのか、今となってはわかりません。

P5074227
別の日で、三番町の上り勾配を九段に向かう都電。青山の10系統です。

P5074229
三宅坂、右の5000形は11系統の月島行き、中央は10系統の須田町行き。デルタ線の架線がおもしろくて撮ったのでしょう。

P5074231
若葉町、左奥がイギリス大使館迎賓館です。電車は3系統(品川駅前~飯田橋)の700形。軽快なスタイルで、スィングボルスター式の台車は乗り心地もよかったが、小型なので3系統専用でした。

P5074242
これ以後は11月の撮影です。14系統、杉並線の2000形で、まだビューゲルが車端に付いています。新宿終点を発車したところで、もう少し右に振れば大ガードが見えるはず。

P5074243
海老名大和で相鉄と小田急の出会い。相鉄が地下に潜るのはずっとあとのことです。

P5074244
相模大塚、元青梅のモハ2013です。6000系は登場しているけど、数の上では2000系が主力でした。

P5074245
都電杉並線の杉並車庫、杉並線はこの年の11月30日限りで廃止されていますが、これは廃止直前の頃だと思います。跡地は都バスの車庫に転用され、現存しています。

P5074246
ゴムタイヤの台車に乗り、搬出直前の2500形。廃止により2000形は三田と広尾、2500形は荒川に転属しました。荒川では車体幅が狭いのが嫌われ、再度、早稲田に転属しています。

P5074251
鶯谷で推進回送中のEF80形。これはまともなカメラを持つようになってもほとんど撮っていません。客車の2両目がオロネ10のようなので、急行「十和田」の回送でしょうか。

P5074256
EF53が牽引しているので、高崎線の普通列車でしょう。EF53がまともに写っているのはこれくらいしかありません。

P5074257
我が家(実家)の縁側、Oゲージの小田急1700形です。デハの台車はFS11、サハはTR23、動力装置の半分は父親の手を借り、床下はすけすけの状態で交博の運転会(それも最終日の15時過ぎ)に持込み、ODCのエンドレスを10分くらい走りました。その後、不備な点が目に付き、手を加えることなく廃車になっています。

昭和42年12月9日の都電

 OER3001氏が8月10日付のブログで、銀座通りを走る都電の最終日の様子を紹介されているので、早速、便乗させてもらいます。これを機会にカテゴリーに便乗ネタと都電を追加しました。

P4273860
昭和42(1967)年12月9日は穏やかな冬晴れでした。まずは新橋~新橋5丁目間の歩道橋から狙います。5502がやってきました。これは交通局が独自に開発していた高性能車として6000形のラストナンバーである6291になる予定でした。ところが、日本初のPCCカーとして前宣伝を効かせていた5501は特殊部品の製作に手間取って竣工が遅れてしまい、そのリリーフ役として6291の足回りに突貫工事で作った5501もどきの車体を組合わせ、5502として竣工したのです。5500形の中では一番早い竣工ですが、本家PCCの顔を立て、車号は5502と遠慮しています。車体は5501とも5503以降とも微妙に異なり、どちらかといえば5501に近い感じです。なお、足回りを取られた6291の車体はもう一度同じ足回りを新製し、6501として竣工しています。

P4273976
廃止になる三田営業所(車庫)には長年のご愛顧に感謝の花輪が並んでいました。6018はあまり見かけなかった若番です。

P4273984
目黒営業所も廃止になります。目黒駅に近い日吉坂を登る1000形。かなりの急勾配です。

P4273877
青山営業所の6番も廃止となります。この6152はその後、新宿車庫から荒川車庫と移り、現在は荒川遊園で保存されています。

P4273882
夕方近くになって銀座に戻ります。40番(神明町車庫)の装飾電車で、確か6100だったと思います。

P4273885
しばらくは4丁目交差点角の三愛ビル2階から撮影しています。すっぴんの5506。都電を見送る人がだいぶ増えています。

P4273887
晴海通り。広尾車庫の8番も廃止になります。装飾車は杉並線から転属の2000形で、この後期タイプは長崎電軌に譲渡されています。

P4273888
真打ち、5501のお出まし。PCCのパテントで製造されたのは、日本の路面電車の中でもこの5501だけです。前面が少しいかつい感じで、本家の雰囲気が感じられます。空気系統がないのでドアの開閉も電動で、これがなんともまだるっこしい動きでした。一時、スピードをあげると振動が激しいとかで休車に近い状態になっていましたが、車輪を打込む時に振れが出ていたのがわかり、これを直してから廃止までの1年くらいは結構頻繁に走っていました。

P4273889
囲まれています。車の隙間をすり抜けている人もいますね。

P4273891
これは電停から撮りました。南千住の22番も一部短縮になります。

P4273993
銀座4丁目の電停は人で溢れています。

P4273997
もう一度5501。だいぶ三愛ビルで粘っていたようです。

P4273892
日比谷で2番の装飾車。朝夕しか運転されない系統なので、最初で最後の撮影となりました。

P4273998
37番の装飾車。東芝の直角カルダンを採用した特殊車で、特異な台車がちらっと見えています。これも滅多に動かない車で、営業線での撮影はこの1回だけでした。

P4274009
一旦家に帰り、装備を換えてまた銀座に戻りました。ソニービルです。

P4274011
昼間も撮った神明町の6100。

P4274012
4番の装飾車は1000形。

P4274019
8番の装飾車2016。この形式は前面の車号が前照灯の下なので、モールに隠れず確認できます。

P4274022
記念キップを買う人。これは品川駅前かな。最後は乗車して、買ったばかりのカセットテレコで車内の音を拾いました。「あとでみんなで食べてくれ」と車掌に菓子折を渡すオジサンなんかもいて、混雑していたけど和やかな雰囲気でした。

昭和36年夏の記憶

 昭和36(1961)年、私は高校1年生でした。写真部に入ったものの使えるカメラはセミ判でピント合わせは目測式のスプリングカメラしかなく、フィルム1本(16枚)撮っても適正露出でピントも合っているコマは半分あればいい方という状態でした。今回の画像も大半が甘ピンですが、それでも写っていること自体が貴重なものもあるので、片目をつぶって雰囲気重視でご覧ください。

P5074180
夏休みなので早起きして、中央線の一番電車で出かけました。市ヶ谷の外濠です。狙ったわけではないですが、見事な水鏡になっています。中央線はすべて101系になっていますから、これは総武線直通の列車です。

P5074182
都電の新田裏、大久保車庫から出庫したところで、ポイントを換えて回送線を新宿駅前に向かうのでしょう。

P5074183
玉電の上通りあたりと思います。時間は8時頃かな。

P5074184
新宿、右奥に文化服装学院の円形校舎が見えています。

P5074185
御茶ノ水に近いあたり、神田川はかなり澱んでいるのがわかります。この頃は糞尿運搬船が行き来していました。101系と配給電車が並走しています。

P5074186
これは別の日で小田急参宮橋の下りホーム。ちょうど通学時間の頃はワシントンハイツに勤務する人の降車が多く、跨線橋がなかったので構内踏切を急ぎ足で渡っていました。個人的にはこの時代の2220形の前面が一番気に入っています。

P5074187
一度発表していますが、中野で折り返す総武線の各停。当たり前に見られた光景とはいえ、雨の日なんかは大変ですね。クモハ73は運行番号窓が2桁なので、津田沼電車区の所属を表す「C」を書き加えています。

P5074188
ボケボケは承知の上で小田急の経堂。デトがSE車を1両だけ牽いて入換え中です。今ならすかさず連結面も撮りますが、カメラ裏面の赤窓を見ながらのフィルム巻上げ、シャッターもその都度セットでは、連写なんてとうていできません。

 話変わって、大井川鐵道が今月いっぱい、本線を大幅減便としたそうです。朝方の3本を電車で運転する以外はバス代行、それも昼間は運休となります。電車の1本は新金谷発の金谷行だから、実質金谷~千頭間の1往復のみ。線路の錆取りみたいなものでしょう。これでそこそこ用が足りてしまうとしたら、鉄道の存在意義が危うくなってしまいます。
プロフィール

モハメイドペーパー

ギャラリー
  • 台風がナンボのもんじゃい、近鉄乗りまくりとJORC関西運転会(その1)
  • 台風がナンボのもんじゃい、近鉄乗りまくりとJORC関西運転会(その1)
  • 台風がナンボのもんじゃい、近鉄乗りまくりとJORC関西運転会(その1)
  • 台風がナンボのもんじゃい、近鉄乗りまくりとJORC関西運転会(その1)
  • 台風がナンボのもんじゃい、近鉄乗りまくりとJORC関西運転会(その1)
  • 台風がナンボのもんじゃい、近鉄乗りまくりとJORC関西運転会(その1)
  • 台風がナンボのもんじゃい、近鉄乗りまくりとJORC関西運転会(その1)
  • 台風がナンボのもんじゃい、近鉄乗りまくりとJORC関西運転会(その1)
  • 台風がナンボのもんじゃい、近鉄乗りまくりとJORC関西運転会(その1)
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

最新コメント
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ