モハメイドペーパーの      何が出てくるか2

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2020年06月

昭和36年11月の小田急

 昭和36(1961)年というと私が高校に入学した年で、新宿から小田急に乗換え、代々木八幡まで通学するようになりました。そのため写真のネタも小田急の割合が多くなっています。今回の写真は同年の11月3・4日に撮影したものです。

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ホーム2層化工事中の新宿駅。線路の上が甲州街道で、今ならバックにバスタ新宿が見えているはずです。車両は1900形で車号は1905と読めます。この年からABF車の更新が始まり、1905編成はその第1号でした。これからの3年間は最も変化の激しい時期だったのですが、工事の様子をほとんど撮影していません。自分専用のカメラもなかったし、高校生の身分では常時カメラを持ち歩くことはできなかったのです。

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南新宿のホーム端から。地下ホームへの線路は踏切の新宿寄りで分岐していました。まだその先の線路はポイントの先で途切れているようです。左端には真新しい荷物用ホームができあがっています。

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10番線に到着した通勤急行。折返しは回送となるので駅員がサボを外しています。車両は2100形ですね。当時の新宿駅は国鉄が1~8番線、小田急が9~12番線、京王が13~16番線で、小田急は9・10番線が特急・急行用、11・12番線が普通用でした。画面上は南口への連絡通路で、距離はあるけど中央口通路ほど混まないため、私はよく利用していました。

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経堂工場検車区の裏手。キハ5000形がポツンと留置されています。ここから左の住宅地の中にホクトモデルがありました。

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経堂の海側留置線から新宿に回送されるSE車が発車しました。よく見れば画面にSE車4本が勢揃いしています。この時代、平日の特急は新宿9時発くらいが下りの一番だったから、撮影は8時台だろうと思います。*この画像はクリックで大きくなります。

 退院してからもう1週間が過ぎました。ここ数日、目に見えて体調が回復しているのを実感しています。ちょっとですが電車にも乗りました。昨日の京成電車の脱線事故、状況から考えると脱線の衝撃で台車に亀裂が入ったのではなく、亀裂が原因で脱線したのでしょう。それにしてもパンタが外れて架線に引っかかっているのが解せません。普通なら架線が切れるはず。よほど取付ビスが緩んでいたのだろうか。
 鉄道には関係ないところで、大阪のフグ料理店「づぼらや」が閉店となるそうです。大きなフグの看板が有名で、私は大阪に行くといつもその前を歩いていました。入ったことはないけど、いかにも大阪という店構えで、なくなるのは寂しいです。東京では神保町の「キッチン南海」も6月中に閉店だとか。ここも入ったことはありませんが、地域のシンボル的な店でした。

84万アクセス

 昨日(10日)の23時過ぎにアクセスが84万に達した模様です。ということで「84」という形式の車両、これは非常に少なく、国鉄時代には存在しません。JRになってからだとJR西日本にクモハ84が登場しますが、残念ながら撮影はおろか実車を見たこともありません。

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ここでついに写真なしかと思ったら天は我を見捨てず、紙焼きのストックからこんなのが見つかりました。JR東海のキハ84-204です。「ワイドビューひだ」でデビューした85系気動車は、運転台付きがキハ85、キロ85、運転台なしがキハ84、キロハ84と区別されています。200番代は車販準備室付きで、1992年に「ワイドビュー南紀」用に新製されました。写真は同年2月7日に行われた報道関係試乗会の時、蟹江で撮影したものです。

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せっかくだからもう1枚、こちらは付属設備のないキハ84-304。現在は両者とも「南紀」専用ではなく、「ひだ」にも運用されています。

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もうひとつは身近な玉電。かなりの勢いで撮影した1969(昭和44)年のネガはまだ複写していないので、それ以前のネガを探したところ、やっと1枚出てきました。昭和41年の撮影で、まだ連結2人乗り改造前、方向板もパタパタ式です。どうでもいいことだけど、となりのデハ40形の車号がちょうど84の半分になっています。

入院日記

 入院が決定したのは5月22日、この時の診察で前立腺ガンの疑いはなしと判断されましたが、肥大している前立腺はこのままだと膀胱にも悪い影響が出るから切除しようと決まりました。5月30日に入院、6月1日に手術、入院期間は1週間くらいとのことでした。

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お世話になるのはここ。自宅から歩いて20分くらいなので、着替えなんかを入れたバッグを括り付けたキャリーカートを転がして行きました。時刻は10:15くらいです。

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建物の全景。9階建てです。旗の立っている左が出入り口になります。

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1階の入院受付に書類を出します。「8階の西病棟になるので、エレベーターを降りたら右に進み、スタッフステーションで書類を出してください」といわれ、エレベーターで8階に向かいます。

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8階です。

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指定された部屋は838号室、4人部屋でスタッフステーションのすぐ前です。

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ここが私のスペース。南向きの窓際です。外が見えるのはありがたい。

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部屋の中央の窓から東側の展望。大きいビルはキリンの本社。左端のビルとの隙間が中野駅。右は帝京平成大学です。

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西側、右は早稲田大学のビル。手前の少し低いのは看護師さんの寮らしい。

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各階ともフロアの南側中央はラウンジになっています。こちらは入って左側、画面左端にテレビカードの自販機があるので、1枚(900分用1000円)買っておきました。

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右(西)側の展望。早稲田のビルと左となりのビルとの隙間あたりに中央線が走るのが確認できますが、屋根しか見えません。

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東西の端っこが談話室。西の部屋にはピーポくんがいました。今は面会が全面禁止なので、出入りするのは私くらいでした。

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そうこうしているうちに昼食。当然ながら塩分控えめ、その割にご飯の量は結構多く、うまくペース配分しないとおかずが足りなくなります。

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2日目からご飯は小盛りにしてもらいました。事前に納豆はダメと申告しておいたので「納豆禁」になっています。ただし、1週間いて正規のメニューでも納豆は出てきませんでした。

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31日の夕食後からは手術に備えて経口保水液を飲みます。0時以降はこれ以外は口にできません。なんとか6時までに1リッターを飲み干しました。1日は9時から手術開始。全身麻酔で眠っているうちに滞りなくすんだようで、意識が戻ったのは手術室を出るところ、時刻は「10時半ですよ」とのことでした。「これが切除した組織です」といって茶色ぽい、サルノコシカケみたいなのもちらっと見せられました。
 部屋のベッドに移され、点滴だとか導尿の管が付き、足も血行をよくするためとかで伸ばしたままほぼ固定。脛にエアマッサージのベルトが巻かれます。その日は1日中絶食でしたが、不思議と空腹は感じなかったですね。2日の朝には点滴が外され、朝食もとれました。昼前には歩いていいよといわれたけど、オシッコを貯めておく袋を下げたスタンドを転がしながらの姿はちょっと恥ずかしい。まぁ病院なんだからそんな格好は当たり前と開き直り、その後2日間は8階と9階を歩き回っていました。それにしても導尿の管は抜けてしまわないかと心配で、尿意が来てもなかなか気張れません。気張ってもジワ~と流れていく感じで、背筋に寒気、額に脂汗が滲んできます。

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2日の夜は管が気になってなかなか寝付けず、ベッドの高さをいろいろと調節してみました。この形で窪みに尻を落とし、横向きになるのがベストポジションでした。それにしてもこのマットレスと枕は徹底的に私との相性が悪かった。

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3日の夜に東端の談話室から撮影。ふたつのビルの真ん中にスカイツリーが見えるのですが、アンテナ部分なのでほとんどわかりません。右端の斜めのビルは中野サンプラザです。

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月がそこそこ綺麗だったので1枚。実際には室内のライトの写り込みを避けるため、位置を変えながら何枚も撮っています。

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4日朝の回診で「明日、管抜きましょう。6日に退院だな」となり、気分的にほっと一息。昼飯はかなり高カロリーでしたが、だいぶ体調も戻ってきたので完食しました。

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午後、パンツの替えがなくなったのでタオルなんかとまとめて洗濯。コインランドリー初体験でした。

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洗濯・乾燥で100分かかるので、その間に9階ラウンジで撮影。1階分の差で車体まで見えるようになり、形式も判別できます。クーラーのメーカーを見分けるのは無理でした。真ん中の丸で囲んだ所にE233系が頭が見えています。ここは環七から少し中野寄りにある変電所のあたりと思われます。

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緩行のE231系。

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E353系、時刻から推定すると「かいじ」でしょう。

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地下鉄15000系。

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矢印の部分に架線ビームが見えます。中野駅の引上げ線のあたりで、車両はクーラーの頭がやっと見えるくらい。

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クレーンの根元あたりに白く見えるのが中野駅ホームの屋根。E233系の顔が見えます。1年もしたら手前の木が伸びて見えなくなるでしょう。またここに来ることはないと思うけど(ないことを願う)。

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5日の朝食後に管抜き。バルーンカテーテルみたいなもので固定していて、空気を抜けばするっと出てくるのかと思っていたら、そこそこの直径のある(はず)のストッパーもろともエイヤッと引っこ抜くのです。入れるときは麻酔でわからないけど、今は生身。かなり我慢していても思わず声が漏れました。11時頃、手術後初めての自力排尿は最初にちょっとぴりっとしたものの、まぁその勢いの凄いこと。堰の切れたダムみたいで、考えればこれが当たり前だったのです。手術してよかったと実感しました。夕食はおでんで結構おいしかった。

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入院最後の夜、満月のはずだけど雲が多く、少し月はぼけています。最も空は綺麗だった前日は、昼間にたっぷり撮影した反動で、夜のロビーはカメラなしでした。

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6日、病院の食事もこれが最後。回診で異常なしが確認され、退院手続きとなります。
それにしてもここの看護師さん、明るく、親切に立ち回って的確に仕事をこなしています。本当に凄い、ひたすら感謝、感謝です。

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荷物をまとめて1階に降り、入院費を精算しました。ついでにテレビカードも精算。260円戻って来ました。これはなかなか良心的なシステムです。

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1週間ぶりで外の空気を吸いました。最後に南側からの全景を1枚。自分がいた部屋は赤丸のところです。まだ少し股間に違和感があるので、歩きはいつもよりゆっくりのペース。10:40頃に帰宅しました。人生て初めての入院、貴重な体験でしたが一度で十分です。
  

退院しました

 1週間のご無沙汰です。本日退院となり1時間ほど前に帰宅しました。完全な機能回復までには少し時間が必要ですが、経過は良好です。まずはご報告まで。
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