都電がなくなってからは縁遠くなってしまった日本橋界隈ですが、橋の上の高速道路を取っ払うという話も決定したようなので、久しぶりに現状を見てみようと思い立ちました。

神田は東京寄りから降りたので、中央通りの1本南の日銀通りを歩きます。右前方が日銀。正面側は都電が走っていた頃に撮影していますが、裏から見るのは初めてです。

上の画面の左手前は丁字路で、角はこんな空間になっています。ちょうど昼時だったので、何人かは食事中。木陰ならそんなに暑くないし、気分転換にはよさそうです。

左折すれば中央通りに出ます。

この建物は日本橋室町三井タワー。テナントが入っている部分はCOREDO室町テラスというらしい。それにしてもいつの間にこんなのができていたんだろうか。

こんな碑がありました。2019年に整備されたようです。

通りの向かい側もなんとなく日本離れした雰囲気です。

日銀に面したビルの歩道。

中央通りに出ました。奥が神田駅。その昔、このあたりの向かい側には中外薬品の店があり、大学の写真部で薬品の買い出しに来ています。なお、中外薬品はグロンサンなんかの中外製薬とは関連がありません。

振返れば千疋屋総本店。ここでメロンを買うようなことはまずないだろうな。

日本橋方向には三井本館、三越本店と重厚な建物が続きます。

三越の向かいに神社なんてあったかな。ちょっと覗いてみます。

ビルが建ち並ぶ一画に色鮮やかな鳥居が出現。

ここも三井の息がかかっています。社名は福徳神社、9世紀頃からこの地にあり、徳川家康も参拝したとか。その後、廃社同様になっていたのを地元有志が復活させたそうです。

せっかくだから賽銭をあげようと思ったけど、ずっと並んでいるので、ここから黙礼だけしておきました。

同じ敷地内にある薬祖神社。お馴染みの製薬会社が名を連ねています。

裏通りになるわけだけど、結構人通りがあります。左のビルはCOREDO室町2だから、日銀通りのCOREDO室町テラスと同系ですね。

中央通りに戻ります。三越の向かいは「にんべん」、「木屋」と老舗が並びます。

何十年ぶりかで三越本店に入ってみます。建築の世界で何様式といわれるのかは知りませんが、重厚で威圧感もある、いかにも百貨店という造りです。

入口のライオン。神社の狛犬のようなものかな。

いわれが書いてあります。

実はこれ(天女の像)が健在かを確認したかったのです。できたのは昭和30年代のはずで、かなり話題になりました。装飾が多過ぎてわかりにくいけど、丸囲みの中に天女が微笑んでいます。

やっと日本橋(北詰)に到着。

大阪は「にっぽんばし」、こちらは「にほんばし」です。

街路灯も凝っています。できた頃はガス灯だったのかな。

この桁が撤去されるわけだけど、それをこの目で確認できるだろうか。

道路元標はどこかと探したら、意外な所にありました。

道路元標地点とあるから、本物の道路元標ではないらしい。

ここが道路元標の位置らしいけど、車道の真ん中なので近寄れません。

日本橋交差点、ここは元白木屋で、改装した時は窓のない建物として注目されました。実際には外壁がブラインドを縦にしたような構造で、隙間から外は見えていました。

さらに歩けば高島屋。これもクラシックな建物です。

時代を感じさせるエレベーターも健在でした。昭和40年代くらいまではここでカメラショーが開催されていたので、三越なんかより馴染みがあります。

向かいは丸善。MARUZENではピンときません。

都電が走っていた頃の通3丁目。アドバルーンが上がっているのは三越でしょう。

東京駅八重洲口に来ました。大丸もすっかり様変わりしています。このあと、八重洲のバスターミナルを見にいっています。

最後は新幹線の18・19番ホーム。東京駅の新幹線ホームで唯一の立食いそばがあり、しかも9月末で閉店と聞いたので放ってはおけません。しかし、営業時間が14時までというのをよく確認しなかったので、店の前に来たのはその30分後。残念ながら味見はできなかったのです。

神田は東京寄りから降りたので、中央通りの1本南の日銀通りを歩きます。右前方が日銀。正面側は都電が走っていた頃に撮影していますが、裏から見るのは初めてです。

上の画面の左手前は丁字路で、角はこんな空間になっています。ちょうど昼時だったので、何人かは食事中。木陰ならそんなに暑くないし、気分転換にはよさそうです。

左折すれば中央通りに出ます。

この建物は日本橋室町三井タワー。テナントが入っている部分はCOREDO室町テラスというらしい。それにしてもいつの間にこんなのができていたんだろうか。

こんな碑がありました。2019年に整備されたようです。

通りの向かい側もなんとなく日本離れした雰囲気です。

日銀に面したビルの歩道。

中央通りに出ました。奥が神田駅。その昔、このあたりの向かい側には中外薬品の店があり、大学の写真部で薬品の買い出しに来ています。なお、中外薬品はグロンサンなんかの中外製薬とは関連がありません。

振返れば千疋屋総本店。ここでメロンを買うようなことはまずないだろうな。

日本橋方向には三井本館、三越本店と重厚な建物が続きます。

三越の向かいに神社なんてあったかな。ちょっと覗いてみます。

ビルが建ち並ぶ一画に色鮮やかな鳥居が出現。

ここも三井の息がかかっています。社名は福徳神社、9世紀頃からこの地にあり、徳川家康も参拝したとか。その後、廃社同様になっていたのを地元有志が復活させたそうです。

せっかくだから賽銭をあげようと思ったけど、ずっと並んでいるので、ここから黙礼だけしておきました。

同じ敷地内にある薬祖神社。お馴染みの製薬会社が名を連ねています。

裏通りになるわけだけど、結構人通りがあります。左のビルはCOREDO室町2だから、日銀通りのCOREDO室町テラスと同系ですね。

中央通りに戻ります。三越の向かいは「にんべん」、「木屋」と老舗が並びます。

何十年ぶりかで三越本店に入ってみます。建築の世界で何様式といわれるのかは知りませんが、重厚で威圧感もある、いかにも百貨店という造りです。

入口のライオン。神社の狛犬のようなものかな。

いわれが書いてあります。

実はこれ(天女の像)が健在かを確認したかったのです。できたのは昭和30年代のはずで、かなり話題になりました。装飾が多過ぎてわかりにくいけど、丸囲みの中に天女が微笑んでいます。

やっと日本橋(北詰)に到着。

大阪は「にっぽんばし」、こちらは「にほんばし」です。

街路灯も凝っています。できた頃はガス灯だったのかな。

この桁が撤去されるわけだけど、それをこの目で確認できるだろうか。

道路元標はどこかと探したら、意外な所にありました。

道路元標地点とあるから、本物の道路元標ではないらしい。

ここが道路元標の位置らしいけど、車道の真ん中なので近寄れません。

日本橋交差点、ここは元白木屋で、改装した時は窓のない建物として注目されました。実際には外壁がブラインドを縦にしたような構造で、隙間から外は見えていました。

さらに歩けば高島屋。これもクラシックな建物です。

時代を感じさせるエレベーターも健在でした。昭和40年代くらいまではここでカメラショーが開催されていたので、三越なんかより馴染みがあります。

向かいは丸善。MARUZENではピンときません。

都電が走っていた頃の通3丁目。アドバルーンが上がっているのは三越でしょう。

東京駅八重洲口に来ました。大丸もすっかり様変わりしています。このあと、八重洲のバスターミナルを見にいっています。

最後は新幹線の18・19番ホーム。東京駅の新幹線ホームで唯一の立食いそばがあり、しかも9月末で閉店と聞いたので放ってはおけません。しかし、営業時間が14時までというのをよく確認しなかったので、店の前に来たのはその30分後。残念ながら味見はできなかったのです。









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