6月10日も朝から晴天、飽きずに西武鉄道の撮影に出かけます。

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今日は萩山に直行。多摩湖線は臨時ダイヤで10・11時台も全線10分ごとの運転だったので、この時点で稼働しているすべての9000系を撮影できました。今年の1月から営業運転に就いた9102編成。

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昨年10月、4ドアワンマン車として最初にデビューした9108編成。前照灯がLEDになっています。

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赤い9103編成は今年の3月にデビュー。

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9105編成は二番手でした。さらに6月17日から9104編成が加わって5編成が揃いました。これでよほどのことがない限り、2000系による代走はないでしょう。中間車30両は思いっ切りよく廃車になりましたが、せめて電動車20両は2000系と差替えてもよかったのではないかと思います。

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一旦小平に戻り、新宿線で東村山に向かいます。久米川を出て新青梅街道の下を潜ると、線路は仮線に移ります。

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東側(上り線側)に1線分寄せ、高架工事の用地を確保しています。

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左から国分寺線が合流して、東村山に到着。

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国分寺線の運用車両を確認してからもう一度、恋ヶ窪の横断橋にやってきました。今日のお目当てはこれ。2000系の田の字窓ですが、8日に撮影した2027Fとはちょっと違うのです。屋根をよく見てください。田の字窓の象徴ともいえるグロベンがありません。

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反対側からも1枚。屋根をよく見るとベンチレーターを撤去した跡がうっすらわかります。この編成、実は田の字窓の異端車で、角形の押込みベンチレーター付きだったのです。

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前回は割愛した交換シーン。上り(左側)はホームの長さがギリギリです。

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小川に戻って田の字窓の並び。右が屋根のっぺり編成(2033F)ですが、この2本の相違点を2箇所みつけてください。

ひとつはベンチレーターの有無。左は僅かにグロベンが見えています。もうひとつはワイパー。右の2033Fは助士席側(向かって左)にもワイパーがあります。
 田の字窓の異端車は2031F、2033Fの2本があり、1987年度に2代目として登場しています。新2000系が登場する直前だったので、外観、内装などに過渡的な特徴が見られます。数年前にベンチレーターが撤去されたので、ちょっと見には区別がつきにくくなっています。初代は1983年に編成をバラされ、モハは1ユニットずつ2001F、2003F、2005F、2007Fに組込んで8連化され、クハは2連の付属編成に転用されました。

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田の字窓車の特徴をもうひとつ。ご覧のように車号標記のモハとかクハの2文字が離れています。

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これは新2000系の標記。

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2033Fは車内リニューアルを受け、車号標記はプレートに変わっています。これは2031Fや、リニューフルすみの新2000系も同様です。

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11日はまたまた池袋線へ。まずは中村橋で小一時間ほど撮影。メトロ7000系はそろそろ8連も危ないので、ベストポジションではなくても撮っておきます。

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40000系で石神井公園まで移動。運転室仕切りの手摺りの形がおもしろい。扉位置の偏心加減はメトロ車と似ています。

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この形式に限らず、座席が迫り出している分だけ通路が狭く、ラッシュ向きとはいえません。

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1日おいて7001Fと再会。保谷行きだから戻ってくるまで待とう。

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待避時間を利用して車内も撮影。6000系もそうですが、前方の見通しは非常に悪い。

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冷改車なので天井の両脇にダクトが通り、扇風機も残っています。

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初期車と増備車での窓高さの違いや、妻面の超広幅貫通路を埋めた跡などがわかります。方向幕は連結面を挟んで左に列車種別、右に行き先を表示する計画でした。リニューアルで左は車外スピーカーが設置されています。

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20分ほどで保谷から戻ってきました。

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こういうカットは仕事上で結構使い道があります。6157Fとはよく出会いますね。13時近くなったので、今日はこのあたりで引上げよう。

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練馬まで戻って来たら下りホームに2063Fが豊島園行きで止まったいました。一駅なので10分ほどで折返してきました。ホームドア越しに1枚。

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出発したところを後追い。障害物があるけど2個パンタの状態がわかる写真としては合格でしょう。この2063Fは行き先表示が幕式、補助電源もMGということで、この8月に廃車となるようです。

 これで当面の目標は撮影できたので、5日連続の西武鉄道撮影はひとまず打切りとします。