モハメイドペーパーの      何が出てくるか2

かなり「鉄」分が多めの内容になっています。             2019年11月以前のバックナンバーはこちら。             http://jorctk.cocolog-nifty.com/                    カウンターはココログからの通算です。

小田急

小田急電鉄、ダイヤ変更後の注目点

 3月12日のダイヤ変更で日中に新宿~新松田間の急行がなくなり、これを補充するため地下鉄千代田線に直通する代々木上原~向ヶ丘遊園間の準急が急行に変更されています。準急は千歳船橋、祖師ヶ谷大蔵、狛江に停車するため緩行線を走りますが、もしかすると複々線区間での急行線と緩行線の本数バランスを保つため、向ヶ丘遊園発着の急行(以下、便宜的に遊園急行とします)も緩行線を走るのではないかと思い、自分の目で確かめることにしました。

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代々木上原の発車案内。快速急行の後追いで走ります。遊園急行といえば私が大学に通学していた1964年の冬、東海大学の学生が加わって朝の下り急行の混雑が激しくなり、8時台に臨時の向ヶ丘遊園行き急行が1本設定されました。下りの回送を客扱いに変更したもので、翌春のダイヤ改正で相模大野行き急行になっています。当時、車両の方向幕には急行用の向ヶ丘遊園の設定がなく、この急行専用の方向板が新規に製作され、所定の列車で新宿に戻すよう、運用が決められていました。私が乗る列車のすぐあとに出るスジだったので、残念ながら写真は撮っていません。

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急行向ヶ丘遊園行きの到着です。

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先頭にかぶりついてどの線に入るかを確認。ポイントは急行線に入るように開通しています。あぁ、やはり急行線だと一安心、そのまま向ヶ丘遊園まで乗ってみることに。ところが、梅ヶ丘を通過中に上り線に目をやると、緩行線にメトロ車の急行、急行線にはほんの僅か遅れて小田急車の快速急行が並走しているじゃありませんか。これは一大事、上りがどこで緩行線に入るかを確認しないといけません。

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これは上り急行のかぶりつきで経堂を発車したところ。本来なら手前の渡り線で右側の急行線に戻るところですが、そのまま直進して緩行線に入ります。自動の案内放送はこの特例に対応していないようで、「発車後電車が揺れますからご注意ください」といっている頃、電車は我関せずとグングン加速していました。

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経堂を発車した我孫子行き急行。緩行線を走っているのがわかりますね。

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豪徳寺を通過。幸いこのE233系の前面ガラスはそこそこ綺麗で、行き先と種別ははっきり確認できます。ここで関係する駅の発時刻を調べてみました。登戸では遊園急行が毎時03、23、43分発、快速急行が06、26、46発、各停は17、37、57発で経堂で遊園急行を待ち合わせます。下北沢では遊園急行が14、34、54発、快速急行が1分差の15、35、55発となっていますから、私が見た並走は遊園急行が少し遅れていたのでしょう。

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カメラの動画スイッチが入っていて、ちよっとタイミングを外した写真になってしまいました。右のE233系遊園急行は停止寸前、後方の1000形は下北沢を1分差で追上げてきたの新宿行き快速急行で、代々木上原では両者間の乗継ぎができます。

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もうひとつ、おもしろい例がありました。唐木田発の上り急行は向ヶ丘遊園の4番線に入り、登戸までは緩行線を走ります。

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登戸では3分停車してその間に特急が通過。特急は原則として1時間に2本なので、12分発は空待避になります。

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登戸発車後は急行線に転線します。

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このあと、町田(一部は相模大野)~小田原間となった急行を撮りに相模大野まで行こうかと思っていたら、相模大野~小田急相模原間で人身事故が発生し、ちょうど到着した小田原行き快速急行は新百合ヶ丘行きに変更されました。

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各停も相模大野行きに変更されています。

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これは下北沢の案内。停車駅の表示は行き先に合わせて変更されているけど、新松田から急行に変わるという表示はそのままです。

 ということで相模大野から先の本線、江ノ島線の確認は次の機会とします。

よこやまの道を歩く

 本日(11日)は建国の日、例年ならこの日の前後3日間(または4日間)は神戸で行われる「鉄道模型とあそぼう」に参加しているのですが、今年はコロナのおかげで中止。2000年くらいから皆勤賞ですから、この日、自宅にいるのは20数年ぶりということになります。
 で、話は変わって昨日(10日)、先週に旧友と歩いた「よこやまの道」の残り部分が気になり、一人で歩いてみました。

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多摩市からこんなガイドマップが出ています。

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赤線の左が唐木田、多摩市と町田市、川崎市との境目を東に進み、地図はさらに表に続きます。全長約10.0kmは日本で一番長い遊歩道だそうで、前回歩いたのは1.7kmだから、残りは8.3kmとなります。

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出発点の唐木田。集合時間の制約がないので家を出るのが遅くなり、前回より1時間弱遅い10:50頃です。距離は前回の倍以上あるので、しっかり靴紐を締直しておきます。駅前(写真の右)のファミリーマートで飲み物とチョコレートを買っておきました。このファミマはイートインスペースが広いので、時間があればじっくり腹ごしらえができそうです。

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 小田急の車庫を回り込みながら高度を稼ぎます。窓のない建物は多摩清掃工場、さらに右には東京ガスの球形タンクがあります。この先の右手は東京国際ゴルフ倶楽部のゴルフ場が続きます。

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時々、尾根幹線道路に出て、また道は住宅街の中へ。鶴牧5丁目あたりのようです。

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ゴルフ場から離れ、尾根幹線道路からも少し離れたあたり。右手が開けて富士山が見えました。南野3丁目あたりになります。

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多摩センターに通じる多摩モノレール通りを横切ります。道路脇の斜面に石仏群がありました。

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こんな所に椎茸の自販機。誰が買いに来るんじゃ~。

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一本杉公園の手前にあった道標。ガイドマップでは小野路宿は町田市で、小野路町も存在します。しかし、町田は昔の武蔵国に入るのだろうか。さらに一本杉公園の北側(多摩市)には、小野路第一、第二公園があります。調べてみるとおもしろいかも。

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一本杉公園は道路の両側に位置しています。名前の由来になるような一本杉はありません。

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道路の南側のエリアには古民家が2軒、保存されています。茅葺き屋根を銅板貼りにした以外はほとんど手を加えていないそうです。

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中も土間の部分には入れます。左には竈、ちゃんと神様も祀ってあります。

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多摩の横山を謳った万葉集の歌碑。説明板がないし、文字もだいぶ読みにくくなっているので、いわれを知らなければただの石の塊です。

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しばし一本杉公園通りを歩きます。左は国士舘大学、右は恵泉女学園大学。どちらも世田谷の経堂あたりでお馴染みの学校です。

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妙櫻寺の手前で右折して尾根路に入ります。

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墓地の脇を上って行きます。

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だいぶ道路より高くなっています。左下は京王バスの車庫。

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ベンチがあったので休憩。う~ん、染みるーーー。12:45頃です。

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鎌倉街道を横切ります。ゴールまであと3kmちょい、のはず。

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古道五差路。危ない路に足を踏み入れてみたい気もしますが、今回はパスします。

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ちょっと藪が切れた所にも歌碑がありました。これはガイドマップに載っていない。

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人里離れた雰囲気ですが、この両側は国士舘大学のキャンパスとグランドです。しかし、ここまで通うのは大変そうだな。

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正面に防人見返りの峠が見えてきた。

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こんな脇道にも入ってみたいけど、それは次の機会にしよう。

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多摩ニュータウンを一望できます。右端に見えるのが最初に通ってきた清掃工場の煙突。結構歩いたなぁ。

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ベンチが空いたので記念撮影。出征する防人はここで故郷に別れを告げたのです。

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峠を越えれば黒川(小田急多摩線)に出るルートもありますが、よこやまの道を最後まで歩きます。

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京王と小田急の線路が見える所まで来ました。小田急は手前の建物の陰になっています。

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少し進んで小田急を1枚。左に京王の線路が入るけど、なかなか両方のタイミングは合いません。

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さらにもう少し移動すると、はるひ野のホームが見えます。結局ここで20分くらいのロスタイムですが、「鉄」ですからこれは想定内のことです。

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14:10、よこやまの道の東端、丘の上の広場に到着。

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地元の人らしいオジサンが「西武ドームの屋根が見えるんだよ」と教えてくれました。矢印の所です。直線距離ならそんなに遠くないのでしょう。

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若葉台に出れば途中で京王の車庫を見渡せる場所がありそうですが、今回は小田急のはるひ野に出ます。その方が少し距離が短いし、もうひとつ別の理由もあります。

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はるひ野駅。多摩線開業時にはなかった駅です。何年か前、GSEの試運転を撮りに来て、見事E233系に被られました。

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14:40頃、新百合ヶ丘の箱根そばで遅めの昼飯。スタミナ補給に肉そば(460円)を奢りました。適度な疲労と満腹感で新宿まで車内はほぼ夢の中。帰宅したところでの歩数は2万824歩で、記録を始めてからの最高値です。今回のコースは前回に比べるとかなりのアップダウンがあり、最後は膝が悲鳴をあげる寸前になりました。平日なので歩いているのは年輩の夫婦かオバサンのグループが多く、オジサンのグループはほとんど見かけません。やはりオジサンは健康志向より赤提灯に惹かれるのでしょう。

1963(昭和38)年の記録

 1963(昭和38)年の7・8・11月に撮影した画像で、セミ判フィルム2本分。極端なピンボケは除いています。1箇所でまとめて撮ることはしていないので、1コマ毎に写っているものはバラバラです。

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初っ端からOER3001氏の縄張りです。小田急電鉄の代々木上原~東北沢間、井の頭通りの踏切の脇からでしょう。バックは回教の礼拝所で、当然これを狙って撮っています。今はこのあたりもマンションが建並び、この建物も目立たなくなりましたが現存しています。

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踏切際の公園越しに1700形、江ノ島からの快速急行のようです。手前の道が井の頭通り、どういう意図でこんな撮り方をしたのか、今となってはわかりません。

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別の日で、三番町の上り勾配を九段に向かう都電。青山の10系統です。

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三宅坂、右の5000形は11系統の月島行き、中央は10系統の須田町行き。デルタ線の架線がおもしろくて撮ったのでしょう。

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若葉町、左奥がイギリス大使館迎賓館です。電車は3系統(品川駅前~飯田橋)の700形。軽快なスタイルで、スィングボルスター式の台車は乗り心地もよかったが、小型なので3系統専用でした。

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これ以後は11月の撮影です。14系統、杉並線の2000形で、まだビューゲルが車端に付いています。新宿終点を発車したところで、もう少し右に振れば大ガードが見えるはず。

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海老名大和で相鉄と小田急の出会い。相鉄が地下に潜るのはずっとあとのことです。

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相模大塚、元青梅のモハ2013です。6000系は登場しているけど、数の上では2000系が主力でした。

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都電杉並線の杉並車庫、杉並線はこの年の11月30日限りで廃止されていますが、これは廃止直前の頃だと思います。跡地は都バスの車庫に転用され、現存しています。

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ゴムタイヤの台車に乗り、搬出直前の2500形。廃止により2000形は三田と広尾、2500形は荒川に転属しました。荒川では車体幅が狭いのが嫌われ、再度、早稲田に転属しています。

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鶯谷で推進回送中のEF80形。これはまともなカメラを持つようになってもほとんど撮っていません。客車の2両目がオロネ10のようなので、急行「十和田」の回送でしょうか。

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EF53が牽引しているので、高崎線の普通列車でしょう。EF53がまともに写っているのはこれくらいしかありません。

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我が家(実家)の縁側、Oゲージの小田急1700形です。デハの台車はFS11、サハはTR23、動力装置の半分は父親の手を借り、床下はすけすけの状態で交博の運転会(それも最終日の15時過ぎ)に持込み、ODCのエンドレスを10分くらい走りました。その後、不備な点が目に付き、手を加えることなく廃車になっています。

昭和37年のネガから

 古いネガシリーズ、昭和36年が終わったので次は昭和37(1962)年に入ります。今回は2~4月の撮影で、距離計なしのセミ判カメラですからピントの甘いのは目を瞑ってください。

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高校の同級生3人と向ヶ丘遊園から線路の北側の丘陵をハイキングしました。期末試験がおわった2月末から3月初めの頃です。数時間歩いてもうよかろうと里に下りた所は鶴川でした。画面右が鶴川駅。電車はHB車の1400+1400-1450、まだパンタが大型のS-514で、車内は扇風機も放送装置もありません。

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下りの特別準急。キハ5000形のようです。新宿を特急の1分後に出ますが、向ヶ丘遊園からの勾配区間でどんどん差を付けられ、4分後の急行に尻をせっつかれます。

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線路とほぼ並行する鶴川街道から。もう柿生に近い所です。道路が舗装されているからここは東京都でしょう。

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柿生の1番線に停車している2220形。ちょうどトイレの部分が見えています。この頃は貨物用の側線があったのですね。

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多摩川を渡る下りのHB車。登戸寄りの土手に近い所で、枕木の上にカメラを置き、下から手を伸ばしてシャッターを切りました。

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デハ1300形。方向板は新聞のようですが、1両ということは相模大野までの第2便なのだろうか。

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これは別の日、場所は不明ですが西武新宿線の沿線だと思います。金魚売りのリヤカーが珍しくて写したのでしょう。バックの3軒長屋、かなり高い物干しポールとその前の空き地、どう見ても23区内の風景ではありません。

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武蔵関公園の池越しに西武新宿線を撮影。なんとE51形が牽く貨物列車です。上石神井より新宿寄りで貨物扱いをしていたのはどこなのだろうか。私の勘違いでした。上りは武蔵関の次が上石神井なので、この列車は上石神井止まりでしょう。

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これは国分寺線の小川と思っていたのですが、機関車の左に見える案内板に小川、国分寺とあるのから小川ではなし。となると撮影場所は東村山の西側からでしょうか。それにしてもレールが細い。

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ユネスコ村のおとぎ列車。4月の初めで桜が満開です。

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国分寺線のモハ151形。中央線と並走する寸前の所です。いかにも頑丈そうな造りだったけど、スピードは出なかった。

昭和36年夏の記憶

 昭和36(1961)年、私は高校1年生でした。写真部に入ったものの使えるカメラはセミ判でピント合わせは目測式のスプリングカメラしかなく、フィルム1本(16枚)撮っても適正露出でピントも合っているコマは半分あればいい方という状態でした。今回の画像も大半が甘ピンですが、それでも写っていること自体が貴重なものもあるので、片目をつぶって雰囲気重視でご覧ください。

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夏休みなので早起きして、中央線の一番電車で出かけました。市ヶ谷の外濠です。狙ったわけではないですが、見事な水鏡になっています。中央線はすべて101系になっていますから、これは総武線直通の列車です。

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都電の新田裏、大久保車庫から出庫したところで、ポイントを換えて回送線を新宿駅前に向かうのでしょう。

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玉電の上通りあたりと思います。時間は8時頃かな。

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新宿、右奥に文化服装学院の円形校舎が見えています。

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御茶ノ水に近いあたり、神田川はかなり澱んでいるのがわかります。この頃は糞尿運搬船が行き来していました。101系と配給電車が並走しています。

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これは別の日で小田急参宮橋の下りホーム。ちょうど通学時間の頃はワシントンハイツに勤務する人の降車が多く、跨線橋がなかったので構内踏切を急ぎ足で渡っていました。個人的にはこの時代の2220形の前面が一番気に入っています。

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一度発表していますが、中野で折り返す総武線の各停。当たり前に見られた光景とはいえ、雨の日なんかは大変ですね。クモハ73は運行番号窓が2桁なので、津田沼電車区の所属を表す「C」を書き加えています。

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ボケボケは承知の上で小田急の経堂。デトがSE車を1両だけ牽いて入換え中です。今ならすかさず連結面も撮りますが、カメラ裏面の赤窓を見ながらのフィルム巻上げ、シャッターもその都度セットでは、連写なんてとうていできません。

 話変わって、大井川鐵道が今月いっぱい、本線を大幅減便としたそうです。朝方の3本を電車で運転する以外はバス代行、それも昼間は運休となります。電車の1本は新金谷発の金谷行だから、実質金谷~千頭間の1往復のみ。線路の錆取りみたいなものでしょう。これでそこそこ用が足りてしまうとしたら、鉄道の存在意義が危うくなってしまいます。
プロフィール

モハメイドペーパー

 1946(昭和21)年生まれ、AB型、男。生息地は中央線(JR)の沿線なので、鉄道は複線で電化されているものと認識している。
 鉄道関係のライターが本業になり、今も細々ながら現役。趣味が鉄道模型製作だが、本業との境目は曖昧。

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