モハメイドペーパーの      何が出てくるか2

かなり「鉄」分が多めの内容になっています。             2019年11月以前のバックナンバーはこちら。             http://jorctk.cocolog-nifty.com/                    カウンターはココログからの通算です。

鉄道全般

昭和36年夏の記録(2)

 せっかく発掘したネガなので、周りがどういおうとお構いなく、まともなやつを全部公開します。撮影は昭和36年の6~8月、セミ判、距離計なしのカメラなので、ピントが甘いのは目を瞑ってください。

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東武鉄道の小菅から常磐線の鉄橋を写しています。C62が牽く上り列車が通過。客車の3両目が並ロのように見えます。

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東武の北千住~牛田間、ここからT字形に京成の線路を潜る線路もありました。入換え中の蒸機(ピーテンか)がちょうどよい位置に来たと思ったら、見事に煙幕を張られました。

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上野駅の地上ホームで入換え中の電機はEF53。まだ高崎線で現役だったのか。

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見上げた高架ホームに常磐線の各停が到着。思わずシャッターを切ったのはクハニ67だったからでしょう。

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これは地平の12番線あたりかな。EF57狙いですが、今見ればとなりに80系が写っているのが涙ものです。

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定番の鶯谷で捕らえた特急「とき」。運転室上に前照灯があるから161系ですね。

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常磐線の旧国、左端が切れましたがモハ30です。両運のモハ40からの改造なので、連結面寄りの窓位置がサハ57とは異なります。一族5両のうち4両が常磐線(松戸)、1両が総武線(津田沼)に配置されていました。

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80系に併結されているクハ47。サハ48からの改造車で、宇都宮に2両くらい配置されていたはず。トイレも付いているから特に問題はなかったのでしょう。サハ48の組込もありました。
 昭和36年の記録、もう少しネタがあるので続けます。

*追記
 「とき」の運転開始は昭和37年6月なので、3コマ目以下の画像は同年夏頃の撮影となるようです。

複雑なポイント

 このところOER3001さま、Cedarさまのブログが複雑なポイントで盛上がっているようなので、私も便乗させてもらいます。といってもたまたまセミ判ネガの複写で発掘された写真があったという一発勝負です。

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西武鉄道新宿線の上石神井、昭和36年4月の撮影です。上下本線の間に双方向に使える中線があるという配線は昔も今も同じ。その中線から西武新宿方向を見たところで、直線の先は引上げ線です。当時、複合分岐ではない純正の三線分岐は国鉄の操車場で使われているくらいで、実物を見たのはこれが初めてです。

昭和36年夏の記憶

 昭和36(1961)年、私は高校1年生でした。写真部に入ったものの使えるカメラはセミ判でピント合わせは目測式のスプリングカメラしかなく、フィルム1本(16枚)撮っても適正露出でピントも合っているコマは半分あればいい方という状態でした。今回の画像も大半が甘ピンですが、それでも写っていること自体が貴重なものもあるので、片目をつぶって雰囲気重視でご覧ください。

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夏休みなので早起きして、中央線の一番電車で出かけました。市ヶ谷の外濠です。狙ったわけではないですが、見事な水鏡になっています。中央線はすべて101系になっていますから、これは総武線直通の列車です。

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都電の新田裏、大久保車庫から出庫したところで、ポイントを換えて回送線を新宿駅前に向かうのでしょう。

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玉電の上通りあたりと思います。時間は8時頃かな。

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新宿、右奥に文化服装学院の円形校舎が見えています。

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御茶ノ水に近いあたり、神田川はかなり澱んでいるのがわかります。この頃は糞尿運搬船が行き来していました。101系と配給電車が並走しています。

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これは別の日で小田急参宮橋の下りホーム。ちょうど通学時間の頃はワシントンハイツに勤務する人の降車が多く、跨線橋がなかったので構内踏切を急ぎ足で渡っていました。個人的にはこの時代の2220形の前面が一番気に入っています。

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一度発表していますが、中野で折り返す総武線の各停。当たり前に見られた光景とはいえ、雨の日なんかは大変ですね。クモハ73は運行番号窓が2桁なので、津田沼電車区の所属を表す「C」を書き加えています。

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ボケボケは承知の上で小田急の経堂。デトがSE車を1両だけ牽いて入換え中です。今ならすかさず連結面も撮りますが、カメラ裏面の赤窓を見ながらのフィルム巻上げ、シャッターもその都度セットでは、連写なんてとうていできません。

 話変わって、大井川鐵道が今月いっぱい、本線を大幅減便としたそうです。朝方の3本を電車で運転する以外はバス代行、それも昼間は運休となります。電車の1本は新金谷発の金谷行だから、実質金谷~千頭間の1往復のみ。線路の錆取りみたいなものでしょう。これでそこそこ用が足りてしまうとしたら、鉄道の存在意義が危うくなってしまいます。

鉄道強要講座(パンタグラフは何色か)

〇〇は忘れた頃にやってくる、それはこの強要講座のためにあるような言葉です。書いている本人も前回がいつだったか忘れていて、ちょっと調べたら2018年1月以来なので、2年以上のご無沙汰です。 
 で、今回のテーマはパンタグラフの色、何色だろうと電気が取れればいいのですが、模型を作る者にとっては結構頭を悩ます問題なのです。

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また同じ写真が出てきましたが、今回はパンタに注目してください。どう見ても黒ですね。少なくとも昭和40年代前半まで、PS13だとかPS11などの旧型は黒。私鉄も旧型(PT35あたりまで)はほとんどが黒でした。

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同時代の電機はというと、枠組は銀、フレームは黒という手の込んだ細工をしています。電車では151系とか153系に採用されたPS16が銀色で、これが非常に格好よく見えました。

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新性能車の元祖である101系はクモハ100、モハ100とも初期の50両くらいはPS13が付いていました。量産車は通風器もグロベンになったので、内心「72の全金車とたいして変わらないじゃないか」とガッカリしたものです。銀色のPS16になった101系を初めて見た時は、感激のあまり小便をチビリそうになりました。以来、私の頭には「パンタは銀に限る、銀でなくてはならない、銀でなければパンタとは認められない」という思いが焼き付けられたのです。

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時代は移り、昭和50年代あたりから、いつの間にか首都圏の電車のパンタはグレーになっていました。この張本人は大井工場のようで、ベンチレーターのグレーと共通化したものと思われます。大井工場は独創的な改造を行ったりしますが、急行形サロの回送運転台がある妻面を1色塗りにしたり、クハ153の前面幌当て座のステンレス枠を塗りつぶしたりと、いろいろな手抜きを実行しています。

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国鉄末期でも首都圏以外の郡山工場や長野工場はパンタを銀に塗るという伝統を守っていました。中央線の荷電は三鷹電車区のクモニ83はグレー、松本運転所のクモユニ82は銀という違いが見られました。JRになると電機、電車の区別なく、ほとんどがグレーになってしまいます。

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手前の予備パンタは汚れていないので、グレーなのがよくわかります。

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これもやや明るい目のグレーです。

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最近のパンタは枠組がステンレスになり、その部分は塗装が省略されています。フレームはグレーですが、汚れが付くと違いがわからなくなります。

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E257系は何故か黄色でした。「く」の字の部分はステンレスで無塗装です。新製時はグレーだったと思うので、なんらかの意図があって黄色にしたのでしょう。

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JR以外を見てみましょう。秩父の電機はグレー。

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岳南の電機、かなり明るいグレーです。

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ポッポの丘に保存されている元銚子電鉄のデハ701。これは塗ったばかりでギンギンです。

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都電も銀でした。

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西武101系。枠組以外は銀色のようです。

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西武6000系。枠組はステンレスのようです。フレームの横を黄色く塗っているのは、パンタ間の引通しがあるので、畳んでいても電気が来てる可能性があるから注意するようにという意味です。

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阪急6000系。枠組はグレーなのかステンレスの地肌なのかははっきりわかりません。フレームは銀のようです。

 ということで、最近のパンタは塗装と無塗装の部分が入り混じっています。模型でこれを正直に再現しようとすると、結構手間を食うことになりますが、そこまでの違いがわかる人は少ないでしょう。蛇足ですが、過去には東武がパンタを濃いめの青に塗っていたことがありました。京成も昔は台車と同様の緑が入ったグレーだったし、南海の11001系も新製時は床下も含め、車体と同じライトグリーンだったと聞いています。209系が出て間もなく、運転室からパンタを確認しにくいというので、試験的に枠組をオレンジに塗ったことがありました。
 以前の玉電製作記でOER3001氏さまからパンタの色についての突っ込みがありましたが、その理由は101系の項で書いたように、銀色のPS16の印象が非常に強烈だったからなのです。

卒業の季節

 今月14日はJRと大半の私鉄でダイヤ改正が行われます。新しい車両がデビューするのと入替り、長年親しんだ車両が引退するのは世の習い。そんな車両の姿をハードディスクの中から掘り出してみました。

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2003年6月に撮影。EF65が目的で撮ったのですが、よく見れば秩父鉄道への石炭列車(の返空)ですね。年が明けた頃から話題になっていましたが、荷主の都合で2月下旬に最終運行になりました。

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新幹線700系、2008年8月の撮影です。300系が引退するというので、珍しく新幹線を撮りに行きました。明日(8日)に予定されていた最終運転は、コロナウィルスのあおりを食らって中止になっています。

P8038325
どうせならと発車するところを1両ずつ撮りました。700系で初めて空調の音が気にならないレベルなったと感じましたね。

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スーパービュー踊り子の251系。デビュー当時はもっともやけた色でした。これは13日まで走りますが、私は一度も乗らないままお別れです。

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西武鉄道のNRA(ニューレッドアロー)10000系。池袋線から撤退なので、新宿線ではまだしばらく走ります。試運転に乗せてもらったのがちょっと前の気がします。

P6203814
同じく西武鉄道の4000系。池袋まで来なくなるだけで、引退ではありません。明日(8日)が最後の撮影チャンスとなるけど、天気が悪いから早起きして出かけるのは止めておきます。この位置から撮った人はあまりいないと思うし、今はこの位置からの撮影はできません。
プロフィール

モハメイドペーパー

 1946(昭和21)年生まれ、AB型、男。生息地は中央線(JR)の沿線なので、鉄道は複線で電化されているものと認識している。
 鉄道関係のライターが本業になり、今も細々ながら現役。趣味が鉄道模型製作だが、本業との境目は曖昧。

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