モハメイドペーパーの      何が出てくるか2

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2022年08月

明暗差の大きい場所での撮影

 私が初めて写真を撮ったのは少学校6年の修学旅行でした。ボルタ判のカメラでシャッターは1/100秒まで。父親から「写真撮るときは太陽を背にするんだぞ」と教わりました。これが写真の基本として脳に刷込まれたので、大人になってからも「太陽を背にして」の呪縛からは簡単に抜けられなかったのです。仕事で写真を撮るようになると、限られた時間の中では光線がどうこうより、まず写っていなければ話にならない場合も多々あり、半逆光、逆光でも気にせずシャッターを切るようになりました。車両の色が明るくなったり、ステンレスやアルミ車体だと逆光でもそれほど潰れなくなったということもありますね。
 デジカメの時代になるとフィルム代を気にする必要がないから、これはと思ったらまずシャッターを切っています。その場ですぐ撮った画像を確認できるので、思い通りの絵にならなかったら条件を変えて再トライできます。1コマずつ感度を変えたり、ホワイトバランスをいじるもの朝飯前。フィルムカメラでは想像もできなかったことが当たり前にできるのだから、長生きしていてよかったなぁと実感しています。ということで今回はデジカメならではのお遊び、明暗差の大きい被写体をいろいろと試してみました。

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京王線の下高井戸、手前は橋上駅舎の下で暗い。露出は絞り優先のカメラ任せでf8、1/80、感度は400です。露出は暗い部分に引っ張られ、明るい背景はすっ飛んでいます。

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画像処理でシャドウを25%強く、ハイライトを25%弱くしました。こちらの方が見た目に近い。

P7277830
中央線の荻窪、発車した上り快速の後追いです。f5.3、1/80、-0.7。実際より少し暗い目なので、補正なしでよかったかも知れません。

P7287866
中央線千駄ヶ谷、f5.6、1/80、-1.0。これでもバックの明るい部分は飛んでいます。カーブを抜けて加速しているので被写体ブレしています。

P7287867
以下の2点も同じ場所、f5.6、1/250、-1.0。やや明るい所で露出を拾ったのでシャッター速度が上がり、バックもそんなに飛んでいません。列車はカーブの手前で減速しているから先頭もほとんどブレていません。

P7287868
f5.6、1/80、-1.0。減速していても1/80では被写体ブレが出ます。前の画像でシャドウを少し持ち上げるのが一番見た目に近くなりそうです。ここまではコロナ感染前に撮影しました。

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8月14日、コロナ明けで初めての外出です。小田急が新宿を発車して地上に出た所で、奥が代々木寄りになります。

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手前が踏切で、新宿寄りはほとんど光が射しません。f5.6、1/25。だいぶ徐行しているのでブレはほとんどなく、車号も読めます。5000形のワイドな標識灯はよいアクセントになりますね。

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f5/6、1/30。手前の踏切部分は完全に飛んでいます。

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f5.6、1/60。狙いは5000形でした。しかし、右の下り線にはなにやら白い車体が写っています。

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f5.6、1/50。12:36だから特急が出る時間ではないはず。でも、こちらに向かってくるのは誰が見たってVSEに間違いありません。

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f5.6、1/50。慌ててもう一枚シャッターを切ったので、ややピントが甘い。PL8はすかさず2枚目という時にピントを追い切れないことが多々あります。文句があるなら高級機を買えということですね。

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f5.6、1/2000。あとで調べたところ、13・14日運転の「VSEで行く謎の線路経由ロマンスカーミュージアムゆき」という列車だそうで、小田急の職員が手を振っています。10分くらい前から踏切際に集まっていたのはそのためなのか。

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せっかくなので後追いも。しかし、回りに一人も撮り鉄がいなかったのは不思議だなぁ。

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f5.6、1/100。シャッター速度を稼ぎたいので感度を800にアップ。

P8147931
f5.6、1/60、+0.7。暗部が潰れ過ぎの感じなので+0.7に補正。

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f5.6、1/100、+0.7。これは前照灯の光芒が一番綺麗に写った。

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f5.6、1/100、+0.7。白熱灯だとこんな具合。

P8157965
ここから8月15日、前日は標準ズームで少し引きつけが足りない気がしたので、今度は望遠ズームにしています。f5.6、1/40、+0.70。前日と同じ12:35頃、なんと、地下線からGSEが出てきました。

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後追いで地下線から出てきたという証拠写真を押さえておきます。これは12・15日に運転の「夏休み親子体験!4種類のロマンスカー夢の乗り継ぎリレー」という列車で、最初の新宿発が8:00頃、唐木田14:30頃で解散ということだから、これが最終コースなのでしょう。

P8157973
f5.6、1/80、+0.7。JR線と平行している一番暗い部分を狙ってみました。感度を1600にアップ。光が当たっている柱にピントを合わせたつもりだけど、このカメラの性能ではちょっと無理っぽい。

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f5.6、1/40、+0.7。絵としては悪くないけど、実際にはこんなに明るくない。

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手前に明るい部分が入ると露出がそちらに引っ張られ、結果として暗い部分の黒が灰色っぽくなってしまいます。オリンパスの説明書に、黒を黒く表現するにはマイナス補正する、と書いてあったのを思い出しました。踏切が入らないように位置を変え、f5.6、1/80、-0.7。お、だいぶ引き締まった感じになった。

P8157986
f5.6、1/60、-0.7。この日はなかなか5000形が来なかった。ちょっとピントが甘い。本来の目的の撮影はここまで。以下は番外編です。

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そろそろ引き上げようと思ったら、残り2本となっているEXEの未更新車がきた。そこでふと思いつき、新宿駅に急ぎます。

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狙いは3号車の車号。サハ30450形ですがリニューアルしてEXEαになるとデハ30400形になるので、この車号は見納めとなります。

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デッキ部分の車号。

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ついでに車内も1枚。内装はVSEなんかより重厚な感じですが、未更新のデハはギア音がうるさいのです。

今日の1枚

 コロナのカンセンジャーに認定されたのが8月2日、7日分の薬を飲み終え、その後72時間なにもなければ自宅療養は終了ということで、13日から自由の身になりました。13日は台風絡みの雨で外に出られず、昨日、今日は暑さ対策をしながら歩き回っています。なにせずっと家に籠もっていると1日の歩数がやっと1200歩くらい、522歩なんて日もありました。私の場合は最低でも3000歩、できれば5000歩くらい歩かないと糞詰まりになってしまいそうです。それと、1日中ずっとクーラーから循環している空気を吸っているのも喉によくないです。時々窓を開けて換気したり、体が1日の区切りを忘れないよう、朝起きたらベランダに出て陽に当ったりしていました。
 先週の木曜だから11日、居間のクーラーから水漏れが始まりました。対策としてすぐ下の鴨居部分にタオルを置いたのですが、フト思いついて尿もれケア用のパッドを置いてみました。一昨年の前立腺切除手術後にお世話になった時の残り物ですが、20ccタイプでほぼ1日持ちました。水を吸うと寒天状になるんですね。クーラーは連続使用で風量を抑えていたため、内部に湿気が貯まって結露したもので、風量を上げるようにしたら2日目に水漏れは治まりました。

PA218983
ということで、今日の1枚は2006年10月21日撮影、大阪環状線の天王寺です。93%くらいの人にはごくありふれた103系の連結面としか見えませんが、103系フリークの模型屋にしてみれば、実にいろいろな情報が得られる奥深い1枚なのです。誰が見ても気付くのは戸袋窓が埋められていること。これはこの時代のJR西では当たり前、屋根が塗り屋根になっています。右のクハ103は戸袋と屋根以外はほぼ原型ですが、左のモハ102はよく見ると雨樋の位置が少し低く、方向幕との隙間がありません。窓は下窓が固定式になり、中桟の位置も違っています。窓回りの縁取りもユニットサッシになった新製冷房車とは少し違うようです。JR西の延命工事にはN30だとかN40といういろいろなランクがあり、さらにそれが年度によっても微妙な違いがあるので、迂闊に適当な車号を入れると突っ込みの嵐になってしまいます。私の知識はほんの常識程度ですから、能書きはこのあたりにしておきましょう。

夏は海、昭和40年代の夏ダイヤ

 もうコロナの発症から10日は過ぎましたが、薬を飲むのを止めてから72時間は経過を見るということで、明日(12日)いっぱいまでは自宅待機となります。実は今日の昼前、連続運転している居間のクーラーから水漏れがあり、室外機の様子を見るため、ほんの僅かですが家の外に出ました。地面を踏みしめるのは2日以来です。

ということで、ブログのネタは昔の写真から探します。シグ鉄さんの真似ではないけどやはり夏といったら海。昭和40年代、庶民は夏になったらネコも杓子も海水浴に出かけました。東京近辺では沿線に海水浴場がある国鉄千葉鉄道管理局、小田急電鉄、京浜急行電鉄などが夏ダイヤを組み、割引切符なども発売して稼ぎまくっていたのです。断片的なネガをつなぎ合わせ、当時の夏がどんなだったかを振返ってみましょう。

1967-07 快速急行 P4253667
まずは私にとって一番身近な小田急。1967(昭和42)年7月の休日です。1600+1700の6連で、ほぼ終日、新宿~片瀬江ノ島間の快速急行に充当されます。昼前後の3時間くらいは入庫しますが、サボや運板は取付けたままでした。この頃は2600形も増備されていますが、1964年頃の休日ダイヤでは、新宿口の普通列車の9割くらいがHB車になっていました。

1967-07 夏ダイヤ時刻表 P4253668
停車中の向ヶ丘遊園の時刻表。ピークは1時間に6本の快速急行が運転され、これが毎時2本ずつの定期の急行と快速準急の間に割込むのです。

1966-08 ABF快速準急 P6291532
1966年8月の撮影。快速準急は高性能車(FM車)が所定のところ、休日に限ってABF車に置換えられる運用がありました。

1966-08 ビール電車 P6291520
これも1966年8月、SE車による納涼ビール電車「すずかぜ」です。ダイヤ上は特殊急行に分類され、新宿のほかに下北沢、経堂、成城学園前で客を拾い、あとは片瀬江ノ島まで無停車。往復分の金額で乗れました。

1966-08 ビール電車 P6291521
車内の喫茶カウンターには生ビールの樽が置かれています。この頃は暫定的な冷房化が行われ、右端に床置きのクーラーが見えています。

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次は京急で1966年7月。久里浜線が三浦海岸まで延長されましたが、まだ海水浴は逗子と二分していました。1000形はまだ1100代までだったから、海特には吊掛車も総動員されました。

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ちょっと見には1000形みたいだけど吊掛車。もちろん冷房なんてありません。

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専用のサボも入っていました。

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1970年8月。ヘッドマークのデザインが変わったし、車両も更新されてます。久里浜行きになっているのは午後の下りだからなのか。

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みうらビーチ号は川崎始発で、横浜から久里浜までは無停車。当然、クロスシートの600形ですが、まだ冷房化はされていません。

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京急~都営~京成の3者直通運転も行われました。京急に入った京成車は自社線に戻るまでに品川~逗子間の特急でこき使われてます。これについては京急車と同じ扱いになるので、車両の使用料を払う必要はないのだとか。同様に京成線内に入った京急車は京成車とみなされ、煮て食おうが焼いて食おうが構わないそうです。

P4253666  67-07
以下は国鉄で、1967年7月、新宿発千倉行きの臨時急行「うちうみ」です。定期の急行が内房、外房なので、それと区別するため「うちうみ」「そとうみ」と名乗っていました。キハ28もまだ非冷房です。

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1967年8月、海水浴臨ではなく中央本線の臨時急行「甲州」。ご覧とおり115系で、いわゆる遜色急行というやつです。

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臨時急行に115系を持っていかれたので、甲府行きの普通列車は101系が代走しています。8連が6連になり、トイレもないので評判が悪く、後に7連になりました。一部のクハにトイレを付けることも検討されたそうです。

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以下もしばらく1967年8月の撮影で、臨時急行に使用されているキハ45の所属を見ると中ヒロ。広島の車です。この頃は10月にダイヤ改正が行われることが多く、そこで増発などとなる分の車両を前倒しで7月頃に落成させ、所属区に送る前に千葉の夏臨で使っていました。急行用のキハ28もあり、私が見ただけでも秋アキ、仙ココ、名ミオ、四カマなどがありました。

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優等列車に気動車を持っていかれたので、昼間にも堂々と蒸機牽引の列車が走りました。両国の駅前広場には葦簀張りの待合スペースが設けられています。

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電車区間は通過となり、快速「かもめ」として特急並みのテールマークも付いています。客車はほとんどがオハ61で、オハ35なら当りです。

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これは内房線の大貫、模型仲間の別荘(普通の民家を借りていた)があった富津の最寄り駅です。快速「さざなみ」は先頭こそキハ45ですが、中間は10系のようです。

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急行「うちうみ」、1・2両目はキハ45、次はキハ26か。後3両はキハ28のようです。右の撮り鉄の左は一緒に行動していたエコーモデル店主です。

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オール10系の快速「さざなみ」。急行じゃないから文句はいえません。

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定期の「内房」。2両目はキハ26です。臨時急行で先頭だけキハ28、中間は10系、30系以外なんでもありの編成もありました。

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1970年8月の両国。ヘッドマークが小さくなり、うち、そとが仮名書きになっています。「うちうみ」「そとうみ」の愛称は廃止して臨時も「うち房」「そと房」となりました。113系は地下線対応の1000番代で、このほかに他線区からかき集めた113・115系の列車もありました。

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客車の急行も出現しました。1970年8月の勝浦です。水戸局あたりからの寄せ集めでほとんどがオハ35、たまに青く塗られたオハ61が紛れ込むこともあったようです。

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テールマークも付いています。

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この年に行川アイランド駅が開業しています。行楽用なので当初は急行だけしか止まらないという特殊な扱いでした。

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1976年8月、内房線、外房線とも電化され、気動車は支線のみになっています。臨時急行の代わりに快速が増発され、内房線は「青い海」と命名されました。

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外房線は「白い砂」です。この年ではないけど101系による快速もありました。

海水浴臨は東海道、横須賀線でも運転され、山スカによる中央線からの大磯行きなんていう列車もありました。旧型時代の横須賀線では付属編成を5両から3両に減車して、その分で列車1本を仕立てたりしています。品川や横浜では横須賀線から京浜東北線への乗換通路に臨時改札を設け、キセルの摘発に目を光らせていました。
千葉局の夏ダイヤには、時刻表編集時代に否応なく付き合わされました。巧妙といえば巧妙で、コンピュータのない時代によく考えたと思います。それについてはまた機会があれば触れてみます。

コンテナ貨車を作る、今度はホギー車だぁ(その2・完)

 家の外に出ない、靴を履かない生活が1週間。今朝で出された薬も飲みきりました。これで一件落着となるものなのか、一抹の不安も残りますが、いまのところ大丈夫のようです。幸い倦怠感はなく、体は普通に動くので、そこそこに模型工作も進めています。

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先週の土曜(6日)はこいつに働いて貰い、コンテナ貨車の塗装をしました。ぬか屋さんのと同じメーカーですが、こちらは昭和50年代に買ったもので、エアタンクはありません。消費電力は110W、最高圧力は3kg、水抜きフィルターを入れているので、実際には2kgくらいの圧力になります。

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塗装の前にこんなものを準備しました。

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こうすれば台車を満遍なく塗装できます。3本作ったのはEF65の台車を塗るためです。

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黒はのりがいいから4・5回吹けば十分です。クリップで咥えているのは連結器と玉電用のエアホース。EF65用を転用したのですが、これを本来の用途に戻し、新たにU-TRAINで仕入れた貨車用でそれらしくまとめました。ラッカーは艶があってテカテカなので、最後に艶消しのアクリル塗料で少し控えめの調子に仕上げています。

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貨車本体はラッカープライマーを吹くだけ。車体裾に貼ったプラの角棒は溶けずに無事でした。昼前から始めた作業は15時過ぎに終了。1両だし塗分けがないから楽勝です。

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車輪はタミヤのエナメル塗料を筆塗りしておきます。

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台車の車輪入れはちょっと面倒です。台車枠のバネを抜いた部分に枕梁を差し込むのですが、入ったと思うと車輪が抜けていたりで、知恵の輪みたいです。

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片方の台車は下の部分の形が悪く、別材で作ったパーツを接着しています。これを忘れて枕梁を嵌込むのに力をいれたら、見事にバラけました。接着はロックタイトがよいのですが、在庫品は固まってしまい使い物になりません。買い物に出るわけにもいかず、手持ちのスーパーXを使いました。こいつは最低でも24時間おかないと完全に硬化しないので、それまで車輪入れはできません。

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台車の接着を待つ間に玉電のエアホースを所定の位置に接着。赤のプラ塗料は顔料が分離してうまく塗れません。これも買い物に出られるようになったら仕上げます。

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1日おいて台車の接着を確認してから車体に取付けます。水平は狂っていません。カプラポケット部分の継ぎ目がうっすら見えますが、コンテナを乗せればほとんど目立たなくなります。

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コンテナを取付けました。ネジ止めなので乗せる位置も決まっています。

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デッキのある側から。こちらが1エンドになるのかな。

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反対側から。インレタにカタカナの「コ」がなくなったので、車号を入れるのはしばらくお預けです。

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ハンドブレーキが見せ場だけど、編成の中間に入るのであまり目立たないのは残念。

ということで、ミニたから号は機関車を入れて5両になります。19日からのJAMでお披露目となるはずですが、私が全日参加できるかは微妙なところです。

閉店が続く地元商店街

先週末は丸2日ほどクーラーなしで過ごせました。昨日(6日)はまだそんなに暑くなかったので、ベランダでコンテナ貨車の塗装。今日は台車の組立てをやっていたところ、思わぬアクシデントが発生して作業中断を余儀なくされています。まぁ、こんな具合だから体調は問題ありません。飲み薬はあと5回分です。  
ということで、だんだんと家の中に籠っているのが苦痛になってきています。パソコンデスクの前に座っているのも結構疲れますね。クーラーかけっぱなしだと空気が澱んでしまうので、時々狭いベランダに出て外の空気を吸っています。出歩けないとブログネタも拾えないので、ストック写真から地元の様子をまとめてみました。

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庚申通りから純情商店街に入った所にあるパン屋、2階はかなり古くからある洋食屋です。洋食屋はだいぶ前に一度入ったことがありますが、1年くらい前の週刊誌が置いてあったりで、特にうまくもなく、今まで営業していたのが不思議なくらいの店です。

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パン屋は昨年の10月24日限りで閉店。洋食屋も前後して閉店となり、建物は取り壊されました。

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5月頃から新築工事が始まっています。従来どおり2階か、せいぜい3階くらい。何の店が入るかはまだわかりません。

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駅前にあるてんやは昨年8月31日限りで閉店しています。結構繁盛しているようだったし、私もカミサンが里帰りしている時はよく利用していました。

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日高屋は開店してから10年もたっていません。高円寺では新参です。これは今年1月の撮影で、右端にはまだてんやの看板が見えています。

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ここもコロナの影響なのか、今年の7月13日限りで閉店となりました。駅前だから地の利は悪くなかったはずですが。

P1013652
阿佐ヶ谷寄りの高架下にあったケンタは今年の1月くらいで閉店。高架の耐震工事とかで他の店は昨年10月に撤退しています。

P7147650
高架下は現在工事中です。地下にはラーメン横丁なんかができたのですが、あまり注目もされず、1店、また1店と閉店になっていました。となりの阿佐ヶ谷に比べると、どうも高円寺の高架下はパッとしません。なにか泥臭い感じがして、そこが高円寺の特長なのかも知れないけど、阿佐ヶ谷のジャズフェスに対して阿波踊りの違いかな。まぁ、どんな施設ができるか、一応は期待しています。
プロフィール

モハメイドペーパー

 1946(昭和21)年生まれ、AB型、男。生息地は中央線(JR)の沿線なので、鉄道は複線で電化されているものと認識している。
 鉄道関係のライターが本業になり、今も細々ながら現役。趣味が鉄道模型製作だが、本業との境目は曖昧。

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