モハメイドペーパーの      何が出てくるか2

かなり「鉄」分が多めの内容になっています。             2019年11月以前のバックナンバーはこちら。             http://jorctk.cocolog-nifty.com/                    カウンターはココログからの通算です。

2021年11月

平野の商店街

 平野線跡を見に行ったついでだから南海ネタにしてもいいのですが、ほぼ鉄分ゼロなので雑ネタとします。

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南海平野線の終点に接して延びるのが平野東筋商店街。これは北の外れあたりから南(平野駅跡方向)を見たところで、街路灯に南海の文字が残っています。陽が当たる南向きの方はだいぶ塗装が薄れているので、写真を撮るなら北向きの方がよいでしょう。

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駅跡から北に1分も歩くと、そこから右(東方向)に平野本町通商店街(サンアレイ)が展開しています。

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シャッターが降りている店の軒上、なにやら賑やかに「ひらの」をアピールしています。

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道幅はそんなに広くない。このくらいが買い物にはちょうどよさそうです。

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余所者も歓迎してくれます。

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入ってすぐにこんな店があり、年輩のご夫婦が切盛りしていました。

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数分歩いたところにかなり歴史を感じさせる建物を発見。新聞販売店のようです。アーケードで屋根部分が見えないのが残念。

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反対側から。新聞販売店にこんな大きな建物が必要なのだろうか。

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入口部分のアップ。小林新聞舗本店とあるから、あちこちに支店もあったのだろうけど、新聞販売店ってそんなに儲かるのか。電話は東住吉四〇番、現在、営業はしていないようたけど、無人でもないようです。

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私有地なのかも知れないけど、ちょっと入ってみたくなる路地。

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昔は大店(おおだな)だったのか。郵便ポストがあるから住んでいる人はいるのでしょう。

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お寺さんもあります。

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提灯には不動尊と書いてあるけど、ご本尊は薬師如来だそうです。

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300mくらいでアーケードは終わり、その先にはさらに平野東商店会が続いていますが、このあたりで引返します。

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十字路の角にこんな道標も残っていました。

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現在の平野商店街は鉄道に接していないので、他所から来る人は少ないだろうけど、その分、地元に密着した暖かさが感じられます。時間があればもう少しゆっくり、路地裏まて歩いて見たいところです。

GSE初乗り

 小田急のGSEがデビューしたのは2018年ですが、最近は仕事で取材に行くこともなく、まだ初乗りをすませていなかったのです。今月の初め、模型でお付合いのあるNさんから小田急の株主優待乗車券が2枚送られてきました。期限は11月30日までなので、GSEの初乗りに使わせていただきましょう。Nさん、ありがとうございます。

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月中も過ぎ、仕事も一段落したので時刻表を確認したところ、24~26日は新宿11時発のスーパーはこね9号がGSEでの運転となっています。しかし、19日時点で先頭の展望席はすべて満席でした。

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24日、10:46の新宿駅2番ホーム、まだ到着列車の客が降りきっていません。

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ちょっと見にくいけど、運転士が乗り込んでいます。

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スーパーはこね9号であることを確認。

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私が乗るのは5号車(前から5両目)です。

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乗車率は6割くらい、思ったより多めでした。車体断面はかなり上すぼまりです(レンズのせいではない)。走り出すと車内が非常に静かなのに気付きます。遮音性が高いので擦れ違う列車の音や衝撃はほとんど感じません。車内放送も肉声をすぐ近くで聞いているように自然な感じです。乗り心地は不規則な揺れがなく、中央線のE233系より安定しています。これは台車だけではなく、線路の整備レベルが高いこともプラス要因になっていると思います。

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せっかくなんで展望席も覗いてみました。これは後部で開成を通過したところ。VSEほど先頭部を絞っていないので柱の間隔が広く、よりワイドな感じです。ということで車両そのものはほぼ満点としてもいいけど、走りっぷりはいささか不満が残ります。小田原までノンストップのスーパーはこねも59分で走るのは土休日だけで、平日は70分もかかるのです。複々線区間では成城学園前で各停を追い抜いただけ、喜多見を過ぎたらブレーキがかかり、登戸から割り込んだ準急を向ヶ丘遊園で抜いて少し加速したと思えば、新百合ヶ丘で待避となる唐木田行き急行がもたついてまた減速といった具合。相模大野から先も10分ごとの急行の隙間を縫って走るので、100km/hを越えての連続走行は期待できません。

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少し引いて見たところ。ブルーリボン賞のプレートが付いています。運転台への昇降階段は右側、VSEでは中央部が地下鉄6000系の非常口のように降りてきました。NSEは左側に梯子をかけていました。

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定刻に小田原到着。箱根には向かわず、ここで下車します。

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JRの改札口には小田原提灯がブラ下がっています。

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コンコース入口には二宮金次郎。

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久しぶりで伊豆箱根鉄道大雄山線に乗ってみます。これはミント・スペクタクル・トレインになっている5505編成。

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この編成は中間のモハ5010だけ、扉間が転換クロスになっています。

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イエロー・シャイニング・トレインの5504編成が到着するのと入替わりに発車。

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終点の大雄山までは約21分。全線単線で、五百羅漢、相模沼田、和田河原が交換可能駅です。

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次の緑町を出ると東海道本線をアンダークロスするためR100の急カーブ。住宅が密集しているので騒音防止のため、線路に水を撒いています。

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五百羅漢で5503編成と交換。その昔は木造の車体が倉庫代わりに置かれていました。この先で小田急の下を潜ります。

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相模沼田で5506編成と交換。

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和田河原で5507編成と交換。正面やや左には雲に半分隠れた富士山が見えています。

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大雄山に到着。右の検修庫の奥に工事用車のコデが潜んでいます。

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5000系は3連7本が在籍し、1本目だけが鋼製車体。かつての標準色だった西武赤電色を復刻し、旧型時代の方向板を掲げています。

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この雰囲気、南海の汐見橋とよく似ています。

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列車は終日12分ごとでわかりやすい。10時台の赤文字2本は駿豆本線大場工場への入出場車回送に使われるので、その場合、営業列車は運休となります。

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ここは南足柄市なので、金太郎がシンボルになっています。これは金太郎大明神で顔が大人っぽい。台座みたいなのは熊なんですね。

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駅舎外観。これといった特徴はありません。

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ここにも金太郎。こちらはいかにも子供の感じです。しかし、小学校に入る前くらいの子供がマサカリなんか持っていていいんだろうか。

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駅舎に向かって右側のビル、上はホテルらしい。1階の中はほとんどが「テナント募集中」でした。

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時刻は13時、大雄山線は沿線で写真を撮れそうな場所がほとんどないので小田原には戻らず、新松田まで歩くことにします。出がけに地図を見たところ、大雄山から新松田まではほぼ一本道で距離もせいぜい6kmくらい。途中でランチタイムとしても2時間あれば歩けるでしょう。

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金太郎だけではなく、こんなこともアピールしています。水源の森百選なんて知らなかった。

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トンネルです。右側に歩道があるし、車もそんなに通らないので安全に歩けました。

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道ばたの柿の木。よく実っているけど、バックがちょっとうるさい。

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ここでも金太郎が歓迎してくれます。

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道の駅、足柄・金太郎のふるさと。ここで昼飯にしようと思ったけど、値段の割にたいしたものがないので止めておきました。

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13:24、開成町に入りました。

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さらに5分ほどでファミリーマート発見。ここで昼飯にします。

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サンドイッチは照焼きチキンと卵、チープといえばチープだけど、私はこういうの結構好きなんです。イートインスペースは私を含めて2人。ソーシャルディスタンスは十分に取られているし、食休みを兼ねて20分ほど滞在しました。

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13:50、足柄大橋の西詰。ここで小田急と酒匂川をまとめて渡ります。

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小田急は光線状態が悪く、ここを通ったという証拠写真です。朝の早い時間なら順光になりそうだけど、バックがうるさいから敢えて狙うほどではないでしょう。

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ここにも金太郎が登場。右の動物は何なんだ。

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酒匂川を渡る小田急を望遠で引き寄せてみる。

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川の真ん中あたりから。6連だと収まりがいい。

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雲が切れて富士山が見えてきた。

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橋の東詰には熊に跨がった金太郎。

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橋を渡り終わると大井町。

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さらに5分、次の信号左折で新松田です。900mだと1500歩くらいかな。

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途中で松田町に入ります。

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駅の手前で川音川に架かる文久橋を渡ります。

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右側は御殿場線の鉄橋。光線状態は申し分ないものの、電車はいつ来るかわからないので、待つのは止めておきます。実際には10分後くらいに来たけど、それは後の祭り。

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踏切を渡って新松田に到着。14:51だからほぼ予想どおりです。

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JRの松田駅は広場を隔てて目と鼻の先。数分前には御殿場線から降りた高校生がゾロゾロと歩いていました。

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ここまで来ると富士急バスの縄張りになります。駅周辺の道が狭いせいか小型車ばかりです。これを撮ってカメラをしまい、帰路につきます。15:00発の始発急行は3000形、相模大野で乗換えた藤沢からの快速急行は5000形でした。

0番、国電用の方向板

 本日(22日)のOER3001氏のブログで、0番の湘南型電車に方向板枠を取付けた写真が紹介されていました。80系の前面に方向板枠を取付けた例があるか否かは別として、肝心の方向板は手元に残っていないとのこと。その方向板、我が家にはあるのです。

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はい、これはその在庫の一部です。前サボは中央線、総武緩行線、京浜東北線、山手線、横須賀線、横サボは東海道線用があり、中学生の頃(昭和30年代前半)、渋谷の東横デパート、上野の松坂屋などの模型売り場で見つけると買い集めていました。テッペンに穴があいているのは、枠なしの頃に細い釘で車体に取付けていたためです。
 色は総武の船橋と御茶ノ水がかなり実物に近い雰囲気です。実物の京浜東北は地色が白、山手の外周はオレンジでした。横須賀線の前サボは70系が出回る前までだから、実際に見た記憶はありません。

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材質は0.3mm厚のアルミ、縦14mm、横13mmくらいですが裁断がいい加減なので結構誤差があります。京浜東北用は全体に横がやや狭く、縦はやや長めです。

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製造時期によって字体にも違いがあるようです。それぞれ2枚ずつ買っていますが、中央線の東京だけは在庫がなかったのか1枚だけです。

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常備がない行き先は黒板にチョークで書いていました。それを表現したくて父親に書いてもらいました。白黒反転なのは気にしない。

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方向板枠が発売されると早速買い求め、在籍車両に取付けました。ややオーバースケールですが、当時そんなことは眼中になく、方向板を差替えるだけで1時間は遊んでいました。

南海べったりな2日間(その4)

 だいぶ鼻についてきたかとも思いますが、ネタがあるんでまだ続けます。

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平野の商店街を歩いたあとは地下鉄を谷町線、御堂筋線、堺筋線と乗継いで天下茶屋に戻ってきました。次の目的地は汐見橋線ですが、地図を見ると天下茶屋から真っ直ぐ西に歩けば西天下茶屋に行けそうです。写真は東口で、線路を潜って天下茶屋駅筋を西に歩きます。

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そこそこ人通りはあるけど、商店街というほどの賑やかさはありません。この店も営業はしていないようです。

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10分足らずで西天下茶屋に到着。写真の奥が汐見橋方面で、駅舎は右側ホームの端にあります。

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踏切を渡った先には銀座商店街、といってもアーケードは20mくらいと短い。手前の焼肉屋の看板、値段半分で量も半分だったら安くないだろうが。

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下り線(岸里玉出方面)側にある駅舎。その昔は正面の庇の上はステンドグラスだったのではないかな。諏訪ノ森あたりとの共通点も感じられます。

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駅員は配置されていません。

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上り線側にも改札口があります。こちらはあとからできたのでしょう。

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昔はこちらのホームに改札口はなく、右側の駅舎から構内踏切で出入りしていたのだと思われます。

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岸里玉出行きが数人の客を乗せて発車。これが戻ってくるまで待ちます。

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ひと駅乗って津守で下車。左の建物は西成高校、その手前に西成公園、浄水場、下水処理場などがあります。公園を突き抜けた先は木津川なので、こちら側に住宅は少なく、人通りも疎らです。

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津守の駅舎。通路の雨除けになっているだけで、中はがらんどうです。

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線路の西側(汐見橋に向かって左側)の道は途中で離れてしまうので、東側に移って進みます。高速道路(西大阪線)を潜ったからそろそろ木津川駅のはずですが、道路にはなんの表示もありません。この奥の踏切を渡った左に木津川駅があるなんて、大阪市民だって十中八九は気付かないだろうな。

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踏切から見た木津川駅。

1998-02 木津川 貨物ホームが残る  PA076703
ほぼ同じ位置で1998年2月の撮影。かつては木津川の水運と連携した貨物扱いがあり、右に貨物ホームの跡が残っています。左の煙突は北津守温泉とあるから銭湯ですね。

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駅舎、1998年には自転車が何台か置かれていましたが、今は人の気配がほとんど感じられません。

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振り返ればこんな感じで荒涼とした風景が展開しています。しかし、電車が来るのを待っているうちに自転車に乗った男子高校生が一人、画面奥に向かって行きました。

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ここも当然、無人駅です。

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岸里玉出行きが到着。

1998-02 木津川 PA076702
1998年、ほぼ同じ位置からで、この頃は線路際に家があります。

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たまたまなのか、1人乗り込んで発車。

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さらに歩いて芦原町まで来ました。街中に戻ってきた雰囲気が感じられます。この手前から汐見橋までは東側に高速道路の堺線が並行しています。

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駅舎は東側にあります。自転車が置かれているから、ある程度の利用客はあるのでしょう。

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ここれは2014年8月の撮影。暑くてヘロヘロになっていました。

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汐見橋行きが到着、女子高生が数人降りてきました。西成高校の学生かな。

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戻って来るのを待ち構えます。オーバークロスする大阪環状線は221系が通過。反対側のホームから撮れば順光なのですが、そうするとこの電車に乗れません。

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汐見橋は今回パスしたので、昔の写真をご覧ください。2014年7月撮影。今もほとんど変わっていないはずです。

PA046493 2000-03
2000年3月、改札口の上には昭和30年頃の南海沿線観光案内図が残っていました。脇の時刻表を見ると、電車は1時間に3本運転されています。

P7234269 汐見橋
2014年7月、案内図はだいぶ朽ち果ててしまい、この数年後に撤去されました。電車は1時間に2本に減らされています。

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岸里玉出行きに乗って前面展望です。木津川。

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津守、高校生が10数人乗り込んで来ました。

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西天下茶屋。

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岸里玉出の手前で単線になります。

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南海線を上り急行が通過。

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短いホームに到着。岸里玉出~汐見橋間は高野鉄道が建設した区間であり、現在も線路区分上は高野線となっています。しかし、岸里玉出付近の高架化によって高野線とは切離されたので、汐見橋線と呼んでも差し支えないでしょう。都会の盲腸線となった汐見橋線を存続させていたのは、なにわ筋線の計画がちらついていたからという見方もあります。そのなにわ筋線は本線の新今宮から接続というルートが正式に決定したので、汐見橋線が大化けする可能性はなくなりました。なにわ筋線が完成した頃、果たして汐見橋線は存続しているのでしょうか。

南海べったりな2日間(その3)

 2日目(5日)、朝飯前に今宮戎で少し撮影してから難波の南海そばで朝食。JRで天王寺に出て天王寺支線の線路跡を確認します。2015年にレールが撤去されてからは大きな変化はありません。このあとは平野線の廃線跡を辿るため、地下鉄谷町線で平野に向かいます。

平野行き P4080490
1979(昭和54)年10月の天王寺駅前。手前のモ505は平野行きです。この時代はまだ南海の軌道線で、1年後の1980年12月1日に上町線と阪堺線は阪堺電気軌道として分離、平野線は11月26日限りで廃止となり、翌27日に地下鉄谷町線の天王寺~八尾南間が開業します。

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ここは西平野電停があった所。阿倍野からここまで平野線は阪神高速松原線の高架下を走っていました。厳密にいえば線路敷に高架の脚を建てたわけです。高速道路はカーブして南に、平野線は東に直進します。

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上の写真の木立の下に見えているのが、平野線の路線図を描いたモニュメント。飛田~阿倍野以外は専用軌道で、路面電車にしては駅間が長く、表定速度も高かったようです。

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線路跡は背戸口公園になって内環状線まで続いています。

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公園が終わったら内環状線(479号線)を横断。この道路を北(写真の右方向)に行けばJR関西本線の平野に出ます。

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内環状線を渡って100mくらいの所から西平野方向を見ています。信号の奥が背戸口公園。左に続いているビルは線路跡に建っています。

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上の写真に位置から振り返るとすぐ、線路跡を利用した遊歩道が始まります。

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電車道らしい雰囲気です。実際の線路は複線でした。

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途中の広場には平野の駅舎をイメージしたモニュメントがあり、奥の壁面にはモ205形のイラストと由来を書いたプレートがあります。このイラストは2代目で、初代はほぼサイドビュー、もっと黒っぽい色調でした。

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ここ々が終点。

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平野南海商店街の道路から見た所。

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1979年1月に撮影。フィルムの最後のコマで、平野線の画像はこの1枚だけです。天王寺駅前あたりから乗ってきたはずですが、途中の記憶がほとんどありません。

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構内配線はこうなっていました。幅が狭いところをうまく使っています。奥が1番線だったかな。ホームで恵美須町行きと天王寺駅前行きを分けていたようです。

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駅前は少し寂れた平野東筋商店街が南北に続いていて、街路灯のプレートには今でも南海の文字が残っています。

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平野線が廃止されてから41年になるから、地元でも実際に乗ったという経験があるのは60代以上でしょう。それなのにいまだ南海の文字が残っているのはよほど南海に恩義を感じているのか、それとも書き換える手間を惜しんでいる(その金もない)だけなのか。
この通りの途中から東に延びる平野中央本通商店街は年代物の建物があったりで、街歩きファンには見逃せません。私も少し歩いて見ましたか、それは稿を改めて紹介します。  
プロフィール

モハメイドペーパー

 1946(昭和21)年生まれ、AB型、男。生息地は中央線(JR)の沿線なので、鉄道は複線で電化されているものと認識している。
 鉄道関係のライターが本業になり、今も細々ながら現役。趣味が鉄道模型製作だが、本業との境目は曖昧。

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