モハメイドペーパーの      何が出てくるか2

かなり「鉄」分が多めの内容になっています。             2019年11月以前のバックナンバーはこちら。             http://jorctk.cocolog-nifty.com/                    カウンターはココログからの通算です。

2021年02月

昭和38年、京王帝都電鉄井の頭線

 私が勝手にお気に入りに登録しているブログの中で、ある時点でふっと更新が途切れてそのままになっているのがいくつかあります。そういうのは概ね高齢者のようで、数ヶ月後に「実は入院していました」と復活することもあるし、今に至るもずっと音沙汰なしという例も多々あります。面識のある方で残念ながらお亡くなりになったのがわかっていても、ほとんどの場合ブログはそのまま放置されているし、かといってもう更新されないからとお気に入りから外してしまうのも忍びない。なんともいいようのない、複雑な気分であることは確かです。
 まぁ、あまりネガティブに考え込むのは性に合わないので、このブログはこれからもマイペースで続けていこうと思います。本来の目的は古い写真を見ていただくことなのですが、ネガのスキャンはやっと昭和40年代に入ったところで、まだまだ先は長い。生存証明を兼ねたブログはまだしばらく続くはずです。

 前振りが長くなりましたが、今回の写真は昭和38(1963)年9月22・24日に撮影したもので、大部分は京王帝都電鉄井の頭線です。高校2年で写真部に入っていましたが、我が家に35mmカメラはなく、友人から借りたのはあまり聞いたことがないメーカーの入門クラス。シャッターは最速が1/250秒くらいだったので、たいしてスピードが出ていない井の頭線もブレブレです。

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西永福駅で車両はデハ1800形。停車する寸前なのでブレてはいません。まだ缶コーヒーが普及する前だから売店には牛乳の冷蔵ボックスがあるし、左の柱の所にあるのは伝言板でしょう。電話ボックスはクリーム色に屋根が赤だったと思います。

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高井戸から富士見ヶ丘に向かって築堤を下る3000系第1編成。台車はすべてPⅢ、パンタはPT42です。入線当初は1個パンタで走っていたのですが、この頃は2個パンタになっています。

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高井戸を発車した吉祥寺行き。先頭からデハ1400形-サハ1300形-デハ1710形、最後尾はデハ1800形かデハ1900形でしょう。電動車3両のモーター形式はそれぞれ異なるし、この頃は連結面も自連だったので、ノッチが最終段に進むまで、ガクンガクンと前後に揺さぶられていました。

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できたてホヤホヤの3000系第2編成。早くもパンタはPS13になっています。公表された資料ではこの編成の竣工は昭和38年10月となっているので、9月22日という撮影月日とは矛盾します。

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高井戸は現在とは違って相対式のホームでした。この列車は3連のようです。

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渋谷に向かう1000系4連。3連の変則編成で入線し、昭和36年から井の頭線で初となる4連運転を実施しています。列車とホームの間のガードの下が現在の環八、バックの空き地は清掃工場ができています。

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富士見ヶ丘検車区はまだ造成工事が始まったばかりでした。

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神田川添いの道から柵もなかったので、電車のそばまで寄ってみます。手前から1400-1300-1710-1800かな。

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デハ1400形の台車。川崎車両の一体鋳鋼製で、枕バネの上に川車のマークが鋳込まれています。川車としての形式はなく、K-3という形式は京王で便宜的につけたものです。

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本線を走る吉祥寺行き。先頭の窓上のサボは「この車両は神泉でドアが開きません」という注意書きになっています。当時、旧型の4連は吉祥寺寄りの1両が孤立しないように編成を組まなければならないという制約がありました。

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京急になるはずだったデハ1710形。台車は標準軌仕様で、後に京王線に転出します。

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両運転台のデハ1760形。1760形だけの3連も見たことがあります。この1763は渋谷寄りのブレーキをHSCに変更し、1000系の入場時(当時は2両ずつ入場していた)、残った2両と変則的な3連を組んだこともあります。

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1760形の台車。デハ2600形の台車を引延ばした感じですが、こちらは日車製でW-1-18という形式です。

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3000系第2編成が通過。このあと、職員の人が来て「ここは入っちゃダメだよ」と注意されましたが、周囲に塀や柵はなく、出入り自由な状態でした。

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これは日が変わって24日(秋分の日)だと思います。22日は日曜でした。右が井の頭公園駅、左のガードの下が神田川です。

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井の頭公園~三鷹台。先頭、2両目ともデハ1700形ですね。東横線用だったのを戦災の被害が大きかった井の頭線に転用したもので、これも標準軌用台車だったため、晩年は京王線に転用されました。

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同じ駅間の反対側から。1800-1200-1700-1700でしょうか。

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まだ3連も残っていました。最も井の頭線らしいなと思われる編成ですね。左の水路が神田川です。

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三鷹台と1000系。後にこのパンタ(PT42)も京王線に転用されます。

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ホームの上屋は1両分くらいで、非常に開放的です。井の頭線はここまで。

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帰宅途中で撮影したのでしょう。新宿に到着する山スカ。バックの二幸は後のアルタ、右の駅ビルはまだ工事中です。

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中央線快速下りの4番線。休日にしても人影が見えない。快速は運転されていたと思うのだが。キハ58が停車しいるホームは0番線、間もなく両面使用となり01、02番線となります。

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7番線の山手線外回り。101系は6M2Tになっています。

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総武線緩行の10連化に向けて、ホーム延長の工事が進められています。

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中野を通過するDC急行、昼間の列車だから「アルプス」でしょう。緩行上り線との間に渡り線があります。もっと昔は快速下り線との間に中線があり、これを本線にして快速のホームが拡幅されました。左の建屋との隙間がかつての本線の跡になります。

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下り急行の後追い。このキハ55は甲府回転車だったと思います。ここでフィルムも終りになりました。 

水素バス

 年が明けてからかなりの頻度で越中島貨物線の撮影に出かけています。そのためほぼ並行している明治通りを歩いていると、ちょっと変わった都バスをよく見かけます。しかし、広い通りなのでカメラを向けても手前の車に邪魔をされ、本日(24日)、やっとまともな形式写真が撮れました。

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これです。屋根上に水素タンクが乗っていて、酸素と反応する燃料電池で発電し、モーターで走るというしくみだそうで、水しか出ないから環境にやさしいというのがウリになります。ところで、バスの形式写真はどちらが公式側になるのでしょうか。鉄道車両に習えば運転士がいるこの向きでよいのですが、乗降口のない側でよいのかなとも思います。

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ドア配置は一般のバスと同じ。東京都ではオリンピックに対応して2020年度中に70両程度を導入するそうです。車体は日野自動車、機械部分がトヨタの合作で、お値段は1両なんと1億円。これは一般のバスの約5倍で、維持費も3倍かかるとか。当然、国からの補助金も出るけど、民間会社での導入は数両の単位に留まっています。量産化で新製費はある程度安くなるにしても、維持費が下がらないと大量の導入は難しいのではないかと思われます。

西武鉄道多摩湖線、101系ラストラン

 国分寺~西武遊園地間を結ぶ西武鉄道多摩湖線、最初に乗ったのは幼稚園の遠足でした。その頃はポールが付いた小さい電車でしたが、つい最近まではワンマン化された101系が走っていました。

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これは昨年の9月10日、赤電色、伊豆箱根色、101系オリジナル色、黄一色と賑やかでした。

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そろそろ9000系のワンマン改造車が入るようだという噂を聞き、様子を見に行った10月2日。いきなり相鉄みたいな9000系(9108編成)とご対面。1日から営業運転を開始したそうです。

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2本目の9105編成は10月7日から営業運転開始。13日に撮影しています。年が明けて1月11日から9102編成も戦列に加わり、昼間の全列車を9000系で運用することが可能になりました。現在は4本目となる9103編成が入場中です。

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この分なら3月のダイヤ改正からオール4扉車になるのかと思っていたら、早々と2月7日限りで101系は運用離脱となり、18~22日にラストランと告知されました。ラストランWeakといいながら5日間、しかもさりげなく最終日を平日としているのは、できるだけ混雑を避けようという配慮なのでしょう。

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私も土日を避けて昨日(19日)、様子を見に行ってきました。10時50分頃、急行拝島行きで萩山に着いたら、タイミングよく前方の遠くに赤電が見えます。ホームの先端はご覧のとおり。この中にぬか屋さんともう一人、西武鉄道のOBで在職中はいろいろとお世話になった方がいて、久々の対面となりました。

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この日の運用は国分寺~西武遊園地間が赤電(1259編成)と9102編成、国分寺~萩山間の折返しが2541編成でした。非ワンマンの2000系は9000系ワンマン車が出揃うまでのショートリリーフなので、これも貴重なシーンになります。

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ワンマンではないというところをしっかり記録しておきます。

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次の西武遊園地行きが来るまでに、3ドアの表示も撮影。

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足元も忘れなく。

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先ほどの赤電が戻って来ました。

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この駅名も3月12日までで、13日から元の多摩湖に変更されます。

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武蔵大和で下車。後追いはホーム先端の方がよかった。

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折返しを撮ろうと狭山公園を線路沿いに歩きますが、撮影ポイントまで間に合わなかった。

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ここが定番の撮影ポイント。遊園地はリニューアルで休園なので、観覧車も止まっています。20分後に来る赤電は諦め、西武遊園地駅まで歩きます。

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無人で昼間は閑散としている南口。観覧車は見えても遊園地には直結していません。

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跨線橋から1枚。完全逆光ですが証拠写真として撮っておきます。

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駅名標も忘れずに。あとで気がついたけど、きっぷを買っておくのを忘れた。

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改札を出ないでレオライナーに乗ります。

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ちょっと走ってとなりの遊園地西。ここがダイヤ改正後は「西武園ゆうえんち」となります。

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駅もリニューアルのようで、シートに覆われています。

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きっぷも忘れずに買っておきます。

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ちらっと見えたゆうえんちのゲート。「西武園ゆうえんち」が正式な表記のようです。私が幼稚園や小学校の遠足で来た頃はユネスコ村で、オランダの風車の前で集合写真を撮るのがお決まりでした。

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引返して西武遊園地から国分寺行きの赤電に乗り、一橋学園で下車。国分寺方向へ急ぎ足で歩きます。やっと家並みが途切れた所で西武遊園地行きが通過。よっしゃ、と思ったら見事に架線ビームの影が・・・。後追いはこういうリスクが大きいのです。

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数分後の国分寺行きまでに少し移動。

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かつての本町信号場のあたり。交換機能はなくなっていてもまだ信号場なのだそうで、信号機が残っています。

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13時を回り、腹も減ってきた。次の赤電まで20分ほどあるので、サミットでパンと飲み物を買い、駐輪場のベンチで昼飯としました。

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もう少し側面に陽が回ればベストだけど、まぁいいでしょう。これで最後のつもりでカメラをしまい、せっかくなんでコーナンを覗いてみました。いやいや、中野の島忠とは桁違いの規模です。

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コーナンを見ているうちに30分以上たったので、また赤電と再会です。だいぶ側面に陽が回って台車は潰れなくなったけど、前面には通信ケーブルの影。よく見るとここは先ほどの場所より通信ケーブルの位置が少し低いのです。

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これで終わりと国分寺に向かって歩くと、横断橋のある踏切付近で西武OB氏が構えていました。素通りできないので並んでもう1枚。

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いっしょに国分寺まで歩き、もう一度西武遊園地方面に戻るというOB氏とはお別れ。日射しが暖かく、絶好の撮影日和でした。

94万アクセス

 昨日(16日)の昼頃、94万アクセスに達しました。というところで94という形式、これは恐らく国鉄ED78の試作車であるED94(量産化改造によりED78901)だけと思われます。板谷峠でED78は撮っていますが、901号機とは出会っていません。

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私鉄では昨今の9000系の中に9400という形式もありますが、系列としての9400系は存在しません。頭に94が付いているのを確認できるのはこれくらいですね。

しっかり働け

 このところコロナの勢いが少し鈍ってきたようにも感じられますが、まだまだ油断はできません。といいつつ、今日も健康維持のためにちょこっと外出しました。

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これは隙間電車ならぬ隙間飛行機か。かなり減便しているとはいえ、この時間には数分おきくらいに飛んで来ます。標準ズームでは目一杯の120mm相当ですが、時計が切れない範囲でもう少し引きつけたいところ。次回は望遠ズームで挑戦してみよう。

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新宿駅の新南口を入ったら、こんなものが目に付きました。トイレ?、じゃないよな。

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なるほど、昨今のテレワークに対応したワークスペースのようです。

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15分で250円なので、時給1000円以上の仕事をしないとモトが取れません。

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奥行きはこのくらい。必要最小限の空間なんだろうけど、閉所恐怖症の人には無理かな。
プロフィール

モハメイドペーパー

 1946(昭和21)年生まれ、AB型、男。生息地は中央線(JR)の沿線なので、鉄道は複線で電化されているものと認識している。
 鉄道関係のライターが本業になり、今も細々ながら現役。趣味が鉄道模型製作だが、本業との境目は曖昧。

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