モハメイドペーパーの      何が出てくるか2

かなり「鉄」分が多めの内容になっています。             2019年11月以前のバックナンバーはこちら。             http://jorctk.cocolog-nifty.com/                    カウンターはココログからの通算です。

昭和37年4月の記録  

 梅雨明けが遅くなった分を取り返すかのように、今日も太陽が頑張っています。午前中に歩いて5分少々の郵便局まで行ってきましたが、「生命に危険を及ぼしかねない暑さ」という表現が決してオーバーではないことを実感させられました。今が盛りといえるセミの鳴き声も、ミンミンゼミがさらに勢力を拡大しているようで、ついにクマゼミの鳴き声も確認しています。こいつはブラックバスとか噛みつきカメみたいに誰かがよそから持ち込んだわけではないでしょう。どうやって東京まで勢力を拡大したのだろうか。

 さて本題に戻り、昭和37(1962)年4月には碓氷峠に行っています。その時に撮影したのはセミ判フィルム2本ですが、今回はそのフィルムの前後に写っている碓氷峠以外の画像をアップしてみます。

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下河原線のクモハ40で、中央線に合流するあたり。左が中央鉄道学園のグランドです。夕方近くでモロ逆光のため、だいぶシャドーを持ち上げています。通常はクモハ40の単行ですが、ラッシュ時や競馬開催日は101系の3連(付属編成)が使用されていました。

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すぐ近くの西武鉄道多摩湖線、場所は本町信号場の手前でしょう。車両は元武蔵野鉄道のクモハ231形です。

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別の日で中央線の中野電車区、線路脇には入れない場所なので、上り快速の車内から撮ったのでしょう。モノクロなので色がわかりませんが、101系は快速用のオレンジのはずです。中野は基本編成の7連のみの配置でした。総武線(津田沼区)への配置は昭和38年9月からになります。

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これも中野です。地下鉄東西線が乗入れる前なのでホームは緩行と快速にそれぞれ1本ずつ。現在の5~8番線あたりは貨物用の側線が並んでいました。高架工事で中野、荻窪、吉祥寺の貨物扱いが廃止となるので、その代替として東小金井に貨物扱いが集約されたのです。ED61は毎日のように見ていましたが、地元で撮った写真はこの1枚だけです。

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これは碓氷峠から帰ったあと、西武鉄道新宿線の武蔵関~東伏見間で、この頃から桜の名所でした。石神井川も護岸が石積みで風情があります。現在は洪水対策で水路が掘り下げられ、無粋な鉄板が剥き出しになっています。電車はクハ1411とクモハ451の2連で、方向板は右側が2文字だから田無行きでしょう。

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武蔵関公園の池越しに風景写真っぽく撮ってみました。なんとまだ茶色と黄色の2色塗りです。赤電は昭和36年の551系からだから、まだ旧塗色も残っていても不思議ではありません。車両は張上げ屋根のクモハ311形のようです。

EF65の工作、暑気払いになるか

 やっと梅雨が明けたと思ったらもう立秋、しかし、本格的な暑さはこれからで、体がついていけません。こんな時はなにかに熱中して暑さを忘れるのがよさそうなのですが、そう簡単に問屋が卸してくれるだろうか。暑気払いになるかどうかはさておき、EF65の工作は続けないといけません。

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相変わらず辛気くさい工作の連続です。1×1のプラ角材に曲げ癖をつけ、所定の長さに切りました。その辺に出しっ放しにしておくと、カミサンに蛆が湧いたと間違われ、捨てられてしまいそうです。

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ブレーキシュー受けに接着しました。ゼリー状の瞬間接着材は買ったものの、一発で位置決めは難しいので、ネバネバの多用途強力とゼリー状瞬間を併用しました。

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次はブレーキテコの固定方法を考えます。左は0.8mmの真鍮板を接着、ハンダ付けしたいところですが、2個目で熱が回ってバラけそうなので、瞬間接着材で固めました。真ん中は同じ厚みのプラ板。この方が工作は楽なんだけど、端梁にハンダ付けする時の熱で溶けてしまいそうだからボツ。右はワッシャ状に整形したプラ板をテコに接着。形態も実物に近いので、これを本採用とします。

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材料のプラ板ですが、今は目盛りが印刷されたものがあるんですね。1mmの穴を開けたらニッパーでパチンパチンと切離します。

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片方の端を丸く整形してからテコに仮止めし、余った部分もニッパーで切取ります。

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丸くなるようヤスリで整形します。ほとんど見えなくなる部分なので、真円にする必要はありません。瞬間接着材で固定したらビスを抜き、裏返して同じ加工をもう一度繰返します。

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両側で大きさに差が出ないよう、軽く整形します。

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3台車12個分、できあがりました。しかし、これで終わりではない。

ついに廃車が出た、小田急電鉄1000形

 小田急電鉄初のステンレス車体となった1000形も、1次車の登場(1987年)から33年目を経過しています。ここ数年は4連の一部がリニューアルされていますが全車両に及ぶことはなく、昨年から登場した5000形と入替わる形ですでに廃車が発生しています。

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その第一陣となったのは唯一の8連だった1081編成。なにせ1本だけなので、なかなかしっかりとカメラを構えている時には出現してくれません。これもVSEを狙った時の副産物で、今回初めて1081編成であることを確認しました。

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これも複々線化工事の記録として撮影したもので、列車種別も区間準急というレアもの同士の組合わせです。

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これは一番最近(2019年1月)の撮影。そろそろまともなカットを押さえておきたいないと思っていたら、運良くきてくれました。ちょっとこの場所では時間が早く、側面に陽が回っていないのが残念。

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逆光を承知で新宿寄りからも撮っておきました。この1081編成は新宿寄りからクハ1081(Tc1)-デハ1031(M1)-デハ1131(M2)-サハ1181(T1)-デハ1331(M4)-サハ1381(T3)-デハ1431(M5)-クハ1481(Tc2)という順序で、10連固定編成の6・5号車にあたるT2とM3を抜いた形になっています。つまり、T2とM3を増備すればいつでも10連化できるわけですが、現実はそうそう外野の考えるようにはいきません。去る7月1日付けでサハ1181と1381を除く6両が廃車となり、7月10日には1081と1031がふたつにちょん切られ、解体業者のもとへと搬送されています。
 残った2両はどうするかというと、これから4連の1055編成と6連の1255編成をリニューアルと合わせて10連固定化(1097編成)するので、その時に運転台撤去(客室新設)が必要となるクハ1155・1255と差替えられるそうです。現状の機器配置を生かせば、CP付のサハ1181がサハ1297、CPなしのサハ1381がサハ1197になると思われます。そんならほかの中間車も廃車にしないで活用したらいいのにと思いますが、5000形の増備を考えれば1000形の10連固定化はこれ以上必要ないということなのでしょう。
プロフィール

モハメイドペーパー

 1946(昭和21)年生まれ、AB型、男。生息地は中央線(JR)の沿線なので、鉄道は複線で電化されているものと認識している。
 鉄道関係のライターが本業になり、今も細々ながら現役。趣味が鉄道模型製作だが、本業との境目は曖昧。

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  • EF65の工作、暑気払いになるか
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